「奇妙な話・不思議な話・怪異譚」 一覧

あれは月ではない rw+2,747

囲炉裏の火が落ち着くころになると、じいさんは決まって火箸をいじりながら、ぽつりぽつりと山の話をした。 その中でも、あの夜のことだけは、最後まで語りきらなかった。 話がそこに差しかかると、火を見つめたま ...

非常灯のとき、眼鏡がなかった rw+2,213

友人の部屋に行くのは、これで三度目だった。 あいつが住んでいるのは築十五年ほどのマンションで、外観は古びているが内装はやけに清潔だ。玄関脇のエレベーターは、奥の壁一面が天井から床まで鏡張りになっている ...

虹色の飴玉 n+340

もう十年も経ったし、そろそろいいだろうと思って書く。 自分の記憶の中でいちばん不可解で、いまだに何だったのか説明できない出来事だ。 小学校六年の秋だった。授業を終えて、ランドセルを背負ったまま帰り道を ...

🚨振り向いた名 nc+

この土地では、子どもが五歳になると二つ目の名を持つ。 ひとつは日常で呼ばれる名。もうひとつは「川名」と呼ばれる名だ。 川名は戸籍に記されない。学校でも使われない。家族以外は知らない。五歳の誕生日を迎え ...

半分こ rw+2,504

子どもの頃から、ずっと誰かに見られていた。 正確には、同じひとりの男だった。 顔を上げると、少し離れた場所に立っている。庭の端、校庭のフェンスの向こう、スーパーの自動ドアの外。距離はいつも一定で、近づ ...

名札の裏側 nw+416-211

今でも編集部の夜を思い出すと、湿った紙と古いインクの匂いが喉の奥に引っかかる。 その話をしたのは、地方紙から移ってきた校閲担当の女性だった。彼女はいつも名札の角を親指で擦っていた。磨くというより、確か ...

🚨境界守の家 nc+

夜の塩撒き競争は、冬至の夜に行われる。 村に移り住んだ最初の年、私はその名を聞いて拍子抜けした。競争といっても、騒ぐわけでも走るわけでもない。ただ各家が黙って塩を撒く夜だと説明された。誰も詳しい理由は ...

無事故だった理由 rw+2,257

茨城県の常磐道を南へ走ると、夜間だけ妙に重く感じるインターチェンジがある。 看板も照明も他と変わらない。だが、深夜にそこを降りると、空気の密度が変わる。音が減るというより、吸われる。工業団地へ続く道は ...

子どもの頃、金色の魚を飲み込んだ ncw+490

子どもの頃から、胸の奥に沈んだままの記憶がある。 長いあいだ、それを幻覚として処理してきた。熱に浮かされた幼児が見る、ありふれた幻想だと自分に言い聞かせ、思い出さないようにしてきた。 だが、四ヶ月前、 ...

🚨誰が聞いているのか nc+

村の外れ、山へ続く細い道の途中に、その木は立っている。 杉でも楠でもない。名を与えようとした者がいなかったのか、あるいは与えられなかったのか。幹は異様に太く、根は地表を押し割るように広がり、雨の後には ...

赤い窓 rw+4,706

小学四年の夏、俺たちは郊外の新興住宅地に引っ越した。 丘陵を切り崩して造成されたばかりの街で、家々はどれも新しく、植え込みはまだ苗木の域を出ていなかった。夕立のたびに舗装の匂いが立ち上り、夜になると虫 ...

行けなかった子 nw+475

この話をすると、決まって「作り話でしょう」と言われる。 だから普段は、誰にも話さない。 けれど、あの声を思い出すたび、胸の奥に残ったものが、まだ終わっていないと教えてくる。 看護学生だった頃の話だ。 ...

🚨まだ関わっていない者 nc+

村に入ったのは、誕生日の習わしを記録するためだった。 民俗学の調査という名目だったが、正直に言えば、私はこの村の風習を「倫理的でよく整った儀礼」だと思っていた。未来の子孫のために席を空け、誓いを残し、 ...

殴られるまで出られなかった rw+4,022

中学一年の六月、梅雨が明けた直後の、空気が肌に貼りつくような日だった。 課外授業で、近くのガマへ行くことになった。バスで数十分。エンジン音に紛れて教師が何か話していたが、内容はほとんど頭に入らなかった ...

誰も見ていない nw+420

小学生の頃の記憶だから、当てにならないと言われればそれまでだ。 けれど、あの夜のホームの匂いと、喉の奥に貼りついた鉄の味だけは、今も消えない。 家族で出かけた帰りだった。夜九時過ぎ。利用客の少ない駅の ...

🚨燃え残った言葉 nc+

嘘を燃やす夜は、年に一度だけ訪れる。 収穫が終わり、山から乾いた風が下りてくる頃、村の広場に大きな焚き火が組まれる。その夜だけは、誰もが嘘をついてよいとされている。大げさであるほどよい。自分が王だと言 ...

黒い屏風 rw+5,341

寺に、霊感や祓いの力が本当にあるのか。 そんな話は、酒の席でたまに出る。誰かが知ったふうな顔で、坊主なんて葬式屋と変わらないと言う。別の誰かが、いや、古い寺にはそれなりのものがあると言う。 俺はどちら ...

怪談になった同級生 rw+6,525

小学校五年から六年の夏休み明けまで、田所というやつと同じクラスだった。 あだ名は「グレート」。怪談先生グレート。俺たちが勝手にそう呼んでいた。 学校の図書館を根城にして、推理小説や怪談集を片っ端から読 ...

挨拶は? nw+456

近所のスーパーFに通うのは、会社帰りのほんの気晴らしだった。 安くて品揃えもそこそこで、アイスでも一つ買って帰る。それだけの場所だった。ところが、ある日を境に、どうにも居心地の悪い空間に変わった。 最 ...

🚨第四例 本書 nc+

村に入ったのは、梅雨が終わった直後だった。 四方を山に囲まれた小さな集落で、地図には辛うじて地名だけが残っている。私は民俗学を専攻する大学院生で、いわゆる「呪物」の実地調査を目的にここを訪れた。信仰や ...

腹の空白 rw+4,335

両親は、俺が母の腹に宿った夜と、この世に生まれ落ちた夜に、同じ夢を見たという。 腹の奥へ、淡い金色の光がすうっと吸い込まれていく夢だ。 温かいのに冷たく、鼓動のように明滅しながら、胎内へ溶けていったと ...

一度食べたら戻れない蕎麦 nw+654

あのときの記憶は今も舌に、いや、もっと奥に――骨の髄にまで焼き付いている。 きっかけは、一本のメールだった。大学時代の友人から届いた、題名も本文もなく、妙にぞんざいな一文だけのメールだ。 今日、本気で ...

正しく置かれたまま裏返る nc+

同棲を始めるために、その友人はアパートを探していた。 まだ二十代前半で、貯金も余裕があるわけではなかったが、二人で暮らすには十分な広さと立地の部屋が見つかった。築年数は古めだが、内装はきれいで、何より ...

二階から見ていた rw+3,6246

俺には霊感なんてものはない。 少なくとも、自分で何かを見た記憶は一度もない。二歳のころの話だから、覚えていないだけかもしれない。けれど両親は、そのとき俺がいなければ父は死んでいたと、今でも親戚の集まり ...

押し入れの印 nc+404

あれは小学校一年の夏休みのことだった。 思い出すたびに胸の奥がざわつき、体の芯から冷えていくような感覚に襲われる。今ではもう誰に話しても「子供の妄想だったんじゃないか」と笑われるだけだが、あの体験が作 ...

完成してしまった橋 nc+

私が以前住んでいた海外の町には、観光名所として知られる古い石橋があった。 石造りのアーチ橋で、周囲は渓谷に囲まれ、晴れた日は川面が光を跳ね返し、写真映えすると評判だった。ガイドブックにも必ず載っている ...

背負う役目 nrw+521

高校三年の頃、古典を担当していた年配の教師がいた。 白髪をきれいに撫でつけ、動きは遅いのに、教室に入ってきただけで空気が変わる人だった。普段、授業などほとんど聞いていなかった俺が、その教師の声だけは自 ...

死後に回収される伏線 nw+559

人は死んだ瞬間に、散らばっていた出来事を一本の線にまとめられてしまうのかもしれない。 生きているあいだは、どれも偶然にしか見えない。意味のない選択、軽い冗談、通り過ぎただけの機械や言葉。それらは互いに ...

空車扱い nc+

東海道新幹線に乗務していた頃の話です。 今でもこの路線に関わる仕事を続けていますが、あの日のことだけは、業務記録にも私の記憶にも、はっきりした形で残っていません。残っていないのに、消えてもいない、そう ...

どちらが外か rw+4,444

俺が大学に入って間もない頃に知り合った友人の話だ。 ここでは仮に俺を田口、あいつを佐藤としておく。 佐藤は三年半ほど前、海の見える古いマンションに越した。波打ち際まで歩いて五分もかからない高台の建物だ ...

正しい判断 rw+3,161

小さな木造の家だった。 外から見れば、ただ古びただけの一軒家で、近所に並ぶ家と何一つ違わなかった。玄関の引き戸は軽く、軋む音もなかった。中に入るまでは、そこが特別な場所だとは誰も思わない。 家の中は静 ...

🚨それっぽいから信じた nc+

夜の研究室で、私は実験データを整理していた。 テーマは、人間の判断がどれほど簡単に歪むか。代表性ヒューリスティックと連言錯誤。人は確率ではなく、それっぽい物語で世界を理解してしまうという話だ。 作業は ...

四十歳の私へ nw+534

校庭の隅に立つ桜の木は、春でもあまり花をつけない木だった。 幹は途中でねじれ、樹皮がめくれあがり、触れると粉のようなものが指に残った。卒業を控えた冬の日、わたしたちはその木の根元に穴を掘り、「未来の自 ...

胸の上の重み rw+18,437

あの地震のあと、町じゅうにサイレンが鳴り響いたらしい。 俺は遠く離れた下宿で授業を受けていて、その音を直接は聞いていない。だが、電話越しに母が取り乱して叫んでいた声だけは、今でも耳の奥に残っている。 ...

戻ってきた場所 rw+6,616

中学生の頃の話だ。 あれが本当に起きた出来事なのか、眠っている間に見た夢なのか、今でも判断がつかない。ただ、触覚だけは残っている。皮膚の裏側を、微弱な電流がゆっくりなぞっていくような、あの嫌な感覚だけ ...

まず口元を見る rw+1,928

小学校三年生の秋、音楽室で見たものを、四十年以上経った今でも忘れられない。 そのせいで私は、いまだにシューベルトの肖像を正面から見ることができない。 当時、私は愛媛県のある市に住んでいた。第二次ベビー ...

まだ玄関にいる rw+1,697

玄関を開けた瞬間、胸の奥にあの夕暮れが貼りついた。 実家は古い日本家屋だった。間口は広く、奥へ奥へと細長い。廊下の板は痩せ、踏めば乾いた音を立てる。障子は茶色く濁り、昼でも光は薄い。梁が落とす影が部屋 ...

🚨夜だけ応答する窓口 nc+

深夜に原稿をいじっていると、決まって同じ窓を開く。 クラウドの文字起こしサービスだ。音声を投げると数分で戻ってくる。機械のはずなのに、毎回どこか人の気配が混じるので妙に助かっていた。 気配というのは、 ...

表示の消える階 nw+395

小学生の頃の体験を、今でも鮮やかに覚えている。 四年か五年の頃だった。鍵っ子で、学校が終わると一人で団地の部屋に帰っていた。七階建ての古い公団住宅で、灰色のコンクリートはいつも湿り気を帯び、雨の日には ...

帰る場所 rw+4,204

二十五になったばかりの春、数年ぶりに実家へ帰った。 父が入院したからだ。 軽い胃がんで、早期だから心配はいらないと聞いていた。それでも久しぶりに見る実家は妙に小さく感じた。薄曇りの空の下、田んぼに張ら ...

撃つのは誰か rw+2,322

射撃場で出会ったあの日から、あの人は私の師匠だった。 実の父とほぼ同じ年齢で、子どもはいるのにアウトドアには興味がないと言っていた。なのに私のことだけは妙に気に入り、北海道での猟に連れていってくれた。 ...

休業のお知らせ nc+

通勤に使っている道に、小さな惣菜屋がある。 駅と住宅街のちょうど境目にあって、朝は仕込みの匂いが漂い、夕方になると揚げ物の油の匂いが歩道まで流れてくる。特別に安いわけでも、行列ができるわけでもないが、 ...

確認した時点で ncw+489-110

父が亡くなった時、私は悲しむより先に、身体を動かしていた。 葬儀の段取り、役所への届け、親戚への連絡。感情が入り込む余地のない作業の連続で、気づけば火葬も終わっていた。 四十九日までの間、私に割り当て ...

🚨穴があった場所 nc+

「底がない」という表現は、普通なら誇張として使われる。 メル・ウォーターズがワシントン州エレンズバーグに所有していた土地には、直径二メートルほどの穴があった。土地を購入したとき、前の所有者からは井戸の ...

誕生日の前日 rw+3,330

父は若い頃、遠洋航路の船に乗っていた。 港に着くたび、ひとりは船に残る決まりだった。 その日残ったのは、少し頭が弱いと陰で言われていた男だったという。 夕暮れ、桟橋の向こうから老人が現れた。 裸足で、 ...

🚨常識定数 nc+

「常識」が発見されたのは、二〇四一年だった。 それまで常識は、測れないものとされていた。国が違えば変わり、時代が違えば変わる。同じ家で育った兄弟でさえ、「そんなの常識だろう」と言い合うことがある。常識 ...

🚨返却保管庫 nc+

【記録抜粋:第七岸壁の保管庫・聞き取り音声書き起こし】 ――録音開始。 俺があの場所と再び接続されたのは、運が悪かったからではない。事故でも災害でもない。晴れた平日の午前、会社の搬入口で足を滑らせ、金 ...

発泡スチロールの高さ nrw+513

中学の夏休みの記憶が、どういうわけか今でも抜け落ちない。 あの年の暑さや、扇風機の首振りの間合い、畳が昼の熱を含んでじっとりしていた感触まで、細部がやけに正確に残っている。忘れていいはずの場面ほど、時 ...

かえるのうた rw+5,357

年末の寒気が、オフィスの窓ガラスを震わせていた。 先輩が、いつもの調子で肩を叩いてきたのは、仕事納めまで一週間ほど残した頃だった。 「うちの町の年越し、見てみない? ちょっと変わった行事があるんだ。今 ...

もうあんた一人だけ rw+3,303

祖父は、私の下宿探しに誰より熱心だった。 大学に入ってすぐ、完全な一人暮らしは心細いだろうと、私は食事付きの下宿を選んだ。祖父は家賃や駅までの距離だけでなく、管理人の人柄や、ほかにどんな下宿人がいるの ...

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