「n+2025」 一覧

一度、受け入れられた nw+296

今でも、あのとき見た深海の青を思い出すと、胸の奥が静かにざわつく。 それは恐怖ではない。だが、安らぎでもない。 もっと厄介な何かだ。 数年前の夏、私は趣味のスキンダイビングで沖に出ていた。酸素ボンベは ...

混ざる声 ncw+485

学生時代に一度だけ、口外すまいと固く決めた出来事がある。 だが年月を経ても胸の底に沈殿したまま、夜になると耳鳴りに紛れて浮かび上がってくる。黙っていれば腐るだけだと、最近になって思うようになった。だか ...

祖母もいた nw+431

祖父が亡くなったことを知ったのは、葬儀が終わったあとだった。 そのころ私は引っ越したばかりで、携帯料金も払えず、親にも新しい住所を知らせていなかった。実家から何度も連絡が来ていたらしいが、私には届かな ...

いとこの子 nc+384

あれは、真夏の午後だった。 陽炎が立つような暑さのなか、畳の匂いと蝉の声に包まれた縁側で、俺はぼんやりと座っていた。足元には、幼い子どもが一人。いとこの子――まだ二歳かそこらの、小さな男の子だった。 ...

光の角度 ncw+451-0121

夜の工事現場で倒れていた男は、俺の懐中電灯の光を避けるように目を細めた。 当時、俺は新米の現場監督だった。先輩と二人で、仮囲い、型枠置き場、資材ヤード、飯場の外周を順に見回っていた。作業用のライトは消 ...

火を通せ nw+349

川崎は、生のトマトを食べない。 ピザの上に乗っているものは平気だし、ミネストローネも食う。缶詰のホールトマトを潰してパスタを作ることもある。ただ、サラダに入っている輪切りや、弁当に添えられたプチトマト ...

片づけてしまった夜 nw+596

その晩、私は一人で酒を飲んでいた。 仕事が一段落し、特別な理由もなく、ただ缶を開けただけだった。冬の終わりで、部屋は乾いていた。換気のつもりで、寝る前に少しだけ窓を開けていたのを覚えている。 風が入っ ...

出られなかった電話 nw+604

父は、生きているあいだ、霊だの呪いだのといった話を本気で軽蔑していた。 占い番組が流れていれば舌打ちをし、心霊特集が始まれば無言でチャンネルを変える。 「見えた」とか「感じた」とかいう言葉を、感情の弱 ...

魔界遊びの手順書 nw+617

小学生の頃、ふざけてやったことが大事になった経験が一度だけある。 十二歳。ランドセルの重さよりも、自分の影の長さが気になり始める年頃だった。 あの頃の男子は、なぜか「向こう側」に触れたがる。心霊写真、 ...

声は内側から来る nw+665

2026/10/10   -短編, 事故・事件, n+2025

あの日のことを思い出すと、今でも胸の奥が詰まる。 息を吸おうとしても、途中で止められるような感覚になる。 二〇一五年の十月末、同じフリースクールに通っていた少年が死んだ。 新聞では「自殺の可能性」と簡 ...

肩越し nw+503

中学の同級生に会ったのは、二十年ほど前の同窓会だった。 久しぶりに見る彼は、ひどく痩せていた。背広の肩が余り、頬は落ち、顔色も悪かった。 酒もほとんど飲まなかった。 帰り際、店を出たところで呼び止めら ...

夢で聞いた番号 nw+386

知らない番号から電話が来ると、今でも出る前に息を止めてしまう。 最初の電話は、俺の携帯にかかってきたものですらなかった。 十九のころ、俺はまだ携帯を持っていなかった。金が惜しかったわけではない。ただ、 ...

電話に出る者 nw+387

実家の固定電話には、昔から妙なことがある。 家に誰もいないときに限って電話をかけると、必ず誰かが出るのだ。 呼び出し音が二回ほど鳴ると、若い男の声で「はい、○○です」と、まるで家の住人のように名乗る。 ...

位牌を持ってきた女 nw+330

あれは、まだ義母と同居していた頃のことだった。 私の妊娠が分かった日から、家の空気は目に見えない刃物のようになった。義母は毎日のように腹に向かって言った。「私は跡取りをこの手に抱きたいのよ」。その声は ...

赤いひも nw+367

引っ越したのは、大学を卒業してすぐの春だった。 駅から近い、小さな二階建てのマンション。築年数は古かったが、社会人一年目の私には身の丈に合っていた。契約も問題なく済み、荷物を運び入れた夜は、ようやく自 ...

封じられた夜 nrw+440

俺の母は、小学校の教師をしていた。 ごく普通の公立校で、特別学級でも進学校でもない。ただ、母自身は「普通の教師」ではなかった。 母は、見える人間だった。 霊感と呼ぶのが一番近いが、本人はその言い方を嫌 ...

虹色の飴玉 n+340

もう十年も経ったし、そろそろいいだろうと思って書く。 自分の記憶の中でいちばん不可解で、いまだに何だったのか説明できない出来事だ。 小学校六年の秋だった。授業を終えて、ランドセルを背負ったまま帰り道を ...

名札の裏側 nw+416-211

今でも編集部の夜を思い出すと、湿った紙と古いインクの匂いが喉の奥に引っかかる。 その話をしたのは、地方紙から移ってきた校閲担当の女性だった。彼女はいつも名札の角を親指で擦っていた。磨くというより、確か ...

子どもの頃、金色の魚を飲み込んだ ncw+490

子どもの頃から、胸の奥に沈んだままの記憶がある。 長いあいだ、それを幻覚として処理してきた。熱に浮かされた幼児が見る、ありふれた幻想だと自分に言い聞かせ、思い出さないようにしてきた。 だが、四ヶ月前、 ...

行けなかった子 nw+475

この話をすると、決まって「作り話でしょう」と言われる。 だから普段は、誰にも話さない。 けれど、あの声を思い出すたび、胸の奥に残ったものが、まだ終わっていないと教えてくる。 看護学生だった頃の話だ。 ...

誰も見ていない nw+420

小学生の頃の記憶だから、当てにならないと言われればそれまでだ。 けれど、あの夜のホームの匂いと、喉の奥に貼りついた鉄の味だけは、今も消えない。 家族で出かけた帰りだった。夜九時過ぎ。利用客の少ない駅の ...

挨拶は? nw+456

近所のスーパーFに通うのは、会社帰りのほんの気晴らしだった。 安くて品揃えもそこそこで、アイスでも一つ買って帰る。それだけの場所だった。ところが、ある日を境に、どうにも居心地の悪い空間に変わった。 最 ...

一度食べたら戻れない蕎麦 nw+654

あのときの記憶は今も舌に、いや、もっと奥に――骨の髄にまで焼き付いている。 きっかけは、一本のメールだった。大学時代の友人から届いた、題名も本文もなく、妙にぞんざいな一文だけのメールだ。 今日、本気で ...

押し入れの印 nc+404

あれは小学校一年の夏休みのことだった。 思い出すたびに胸の奥がざわつき、体の芯から冷えていくような感覚に襲われる。今ではもう誰に話しても「子供の妄想だったんじゃないか」と笑われるだけだが、あの体験が作 ...

背負う役目 nrw+521

高校三年の頃、古典を担当していた年配の教師がいた。 白髪をきれいに撫でつけ、動きは遅いのに、教室に入ってきただけで空気が変わる人だった。普段、授業などほとんど聞いていなかった俺が、その教師の声だけは自 ...

死後に回収される伏線 nw+559

人は死んだ瞬間に、散らばっていた出来事を一本の線にまとめられてしまうのかもしれない。 生きているあいだは、どれも偶然にしか見えない。意味のない選択、軽い冗談、通り過ぎただけの機械や言葉。それらは互いに ...

四十歳の私へ nw+534

校庭の隅に立つ桜の木は、春でもあまり花をつけない木だった。 幹は途中でねじれ、樹皮がめくれあがり、触れると粉のようなものが指に残った。卒業を控えた冬の日、わたしたちはその木の根元に穴を掘り、「未来の自 ...

表示の消える階 nw+395

小学生の頃の体験を、今でも鮮やかに覚えている。 四年か五年の頃だった。鍵っ子で、学校が終わると一人で団地の部屋に帰っていた。七階建ての古い公団住宅で、灰色のコンクリートはいつも湿り気を帯び、雨の日には ...

確認した時点で ncw+489-110

父が亡くなった時、私は悲しむより先に、身体を動かしていた。 葬儀の段取り、役所への届け、親戚への連絡。感情が入り込む余地のない作業の連続で、気づけば火葬も終わっていた。 四十九日までの間、私に割り当て ...

発泡スチロールの高さ nrw+513

中学の夏休みの記憶が、どういうわけか今でも抜け落ちない。 あの年の暑さや、扇風機の首振りの間合い、畳が昼の熱を含んでじっとりしていた感触まで、細部がやけに正確に残っている。忘れていいはずの場面ほど、時 ...

最初から四人だった nw+492

あの夜のことを、俺は何度も思い出し、何度も思い出さないふりをしてきた。 十年以上前の出来事だ。 いまは家庭もあり、仕事もあり、あの頃のように夜な夜な車を走らせることもない。だが、時折、夢の底から引きず ...

数えられる参拝 nw+407

境内に入った瞬間、空気が切り替わった。 京都の上賀茂神社に行った理由は単純だった。雑誌で見た八咫烏のおみくじの意匠が気に入った。それ以上の意味はない。由来も信仰も調べていなかった。 北大路のバスターミ ...

午前二時の砂利道 nw+445

あれは、五年前のことだ。 練馬の外れにある、ロフト付きのワンルームに住み始めたばかりの頃だった。 前の会社を喧嘩別れ同然で辞め、社宅も失った。貯金は底をつきかけ、保証人も頼れない。無職の身で部屋を探す ...

あなた達 nw+442

あれは中学二年の秋だった。 教室に入るなり、女子の一人が笑いながら言った。 「ねぇ、A学院通ってるんだぁ」 聞き間違いだと思った。A学院は近所では一番有名な進学塾だ。だが俺の家にそんな余裕はない。成績 ...

言われなかった者 nw+394

小学校の記憶はところどころ白く抜け落ちているのに、あの名前だけは腐らずに残っている。 陽三。 小柄で声が細く、休み時間もたいてい教室の隅にいた。友達はいなかったと思う。誰かを見ているときも、相手ではな ...

折り目 nrw+216

古い畳の部屋に、十数人が正座していた。 窓はすべて新聞紙で塞がれ、外の明るさも時間も分からない。裸電球がひとつ、黄色く滲んだ光を落としている。線香の甘い煙に誰かの汗の匂いが混じり、息を吸うたび、それが ...

普通に入って来られたんですね nw+453

あの家では、結局何も見なかった。 梅雨に入ったばかりの午後、俺は仕事で郊外の貸家を訪ねた。築十五年ほどで、塀も門もまだ新しい。外から見る限り、曰くのある家には見えなかった。 住人をAさんとしておく。玄 ...

#和解劇場 ss+531

昔、町外れに「和解劇場」と呼ばれる小さな芝居小屋があった。 そこで演じられるのは、たいてい誰かと誰かの争いだった。殴り合いも、罵倒も、裏切りもある。それでも最後には当事者が抱き合い、観客の涙と拍手の中 ...

内側の手形 nw+535

訳がわからない出来事がある。 誰かに説明しても、どうせ信じてもらえない。けれど、ここに書き残しておかないと、自分の存在まで薄れていきそうで怖い。 俺の友人、さいまの話だ。 田舎から上京して四年、俺はフ ...

血の濃度 ncw+635

2026/09/13   -短編, n+2025

誰にも知られず、血だけが濃くなっていった。 もう十五年も前の話になる。それでも、あのとき見た家の窓、扉の軋む音、そして何よりも──彼らの目つきだけは、今でもはっきり脳裏に焼きついている。 きっかけは、 ...

土下座の継承 nw+406

中学の頃の話だ。 正確には、弟の周囲で起きた出来事を、後から断片的に聞かされただけだ。だがなぜか、その光景だけは俺の記憶に焼き付いている。見ていないはずなのに、妙に具体的だ。 弟は高校に上がったばかり ...

補欠名簿 | #誤解陸上 ssG+413

走り出す直前に吹いた風の音を、今でも思い出すことがある。 秋の夜の、校庭を横切るだけの風だったはずなのに、その音を聞くと背中に汗がにじむ。風に混じって、あの低い声まで戻ってくるからだ。 「おまえの番だ ...

鬼はまだ数えている nw+390

山奥の村で育った。 地図にもろくに載らないような小さな集落で、冬は雪に閉ざされ、夏は山の闇に抱かれる土地だった。今ではダムの底に沈み、跡形もない。だが、あの場所で過ごした記憶だけは、泥に混じったまま、 ...

最初から割れていた nw+431

あの夏の出来事は、友人から聞いた怪談ではない。私自身が関わり、最後まで責任を引き受けた話だ。 実家の町は、電車が一時間に一本しか来ないような場所で、周囲は田んぼに囲まれている。風の音が広く抜け、夕方に ...

一音違い nrw+447

親父が死んだ日のことを、今でもはっきり覚えている。 いや、正確には死んだ前日の夜のことだ。あの、どうしても意味を取り違えたまま放置してしまった言葉のことを。 食道静脈瘤という病気で、親父は入院していた ...

祖父の一言で全員助かった話、ただし…… nw+511

十年以上前の出来事だ。 体験したのは俺ではない。昔からの友人が、祖父の最期の夜について語ってくれた。 危篤の知らせを受け、親族が祖父の家に集まった。もう何日も言葉を発していなかったはずの老人が、その夜 ...

遠い世界に行った生徒 nw+630

俺が通っていた中学校は、もう存在しない。 校舎は数年前に取り壊され、今は更地になっている。夕方になると、近所の老人が犬を散歩させ、ゲートボールの音が乾いた地面に響く。そこがかつて学校だったと知っている ...

鏡の中で入れ替わった瞬間 nw+408

小学三年の冬から四年生の五月までの記憶が、まるごと抜け落ちている。 最後に覚えているのは、凍った校庭でサッカーボールを追っていた場面だ。白い息を吐き、友達の名前を呼びながら走っていた。その次の瞬間、景 ...

先に出ていったもの nw+457

三日目の夜に、私は発見された。 それ以前の記憶は、湿った空気の重さと、水気を失った浴槽の冷たさしか残っていない。 十年近く経った今でも、風呂場に入ると、あのときと同じ匂いが立ちのぼる。洗剤でも、カビで ...

あの日、目を覚ましたのは誰か nw+424

あの日の朝だけが、記憶の中で異様に鮮明だ。 三十年近く経つのに、そこだけ輪郭が削れない。ほかの幼少期は霞んでいるのに、その朝の空気だけは冷たい刃物のように残っている。 目を覚ましたとき、家の中は音がな ...

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.