ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 洒落にならない怖い話

午前二時、すべての時計が止まる r+3,431

更新日:

Sponsord Link

忘れもしない、あれは大学三年の夏のことだった。

学業なんて上の空で、いくつかのバイトを掛け持ちしては小銭を稼ぎ、そのほとんどを酒に換えていた頃。
学校の近くにあった居酒屋でのバイトは、同じ大学の連中が多くて、自然と夜な夜な誰かの部屋に集まっては安酒を煽るようになった。

とりわけ仲が良かったのが、同じ下宿暮らしの井上と田尾だ。
井上には日出子という彼女がいて、よく三人+一人の俺、という構図で遊んでいた。

あの夜も、例によって俺の部屋で缶ビール片手にくだらない話をしていた。
扇風機の風がぬるくて、窓の外にはセミがうるさく鳴いていた。

「なあ……心霊スポットでも行ってみねえ?」

井上が、酒で火照った顔をぐいと俺の方へ向けてそう言った。
話を聞けば、同じ学科のやつから聞いたという地元じゃ有名な“出る”場所で、K市にある廃病院らしい。

正直、気乗りはしなかった。
けれど、酒がまわっていたのと、日出子が「面白そうじゃん」と言ったのとで、結局行くことになってしまった。

俺と井上、それに運転役の日出子は軽自動車に乗り、田尾だけ原付で向かった。

深夜の国道を抜けて、山沿いに入った頃には、笑い声も少しずつ小さくなっていた。
ポツポツと霧が出始め、気温もやけに肌寒い。
軽が停まったのは、白い三階建ての大きな建物の前だった。
割れた窓、剥がれ落ちた塗装、崩れた外壁。元は病院だったらしいが、今はただの傷んだ骸骨だ。

正面玄関の前に車を停め、懐中電灯を取り出す。
「幽霊より暴走族の方が怖いよな」なんて言い合いながらも、内心は落ち着かなかった。

割れたガラスの枠をくぐると、すぐに受付カウンターが見えた。
紙の山、空き缶、誰かの落書き。
すべてが時間の底に沈んだように、ひどく静かだった。

左右に延びる廊下。左には診察室、右には食堂と売店の表示。
誰が決めたわけでもなく、俺たちは診察室の方へと進んだ。

内科、耳鼻咽喉科、眼科……。プレートがまだ貼られたままのドアを開けると、中はやはり荒れ放題だった。
スチール製の棚が倒れ、カーテンは千切れ、床には点滴袋のようなものが落ちていた。

それでも、怖いというより、拍子抜けに近かった。
「なーんだ、大したことねえな」

ひとしきり診察室を見回ったあと、俺たちはロビーへ戻った。
そろそろ帰ろうかという空気もあったが、「せっかくだから二階も見てみようぜ」という井上の一言で、古びた階段をきしませながら上へと上がった。

二階は一階よりずっと静かだった。
落書きも少なく、空気が変に澄んでいた。

左右の通路。俺たちは右の方へ進み、病室をひとつひとつ覗いていった。
パイプベッド、錆びたロッカー、カーテンの残骸。
壁には時計が掛けられていた。どの部屋にも。

……そのとき、ふと気づいた。

全部の時計が、二時で止まっている。

ぞわりと、背中に冷たいものが走った。
腕時計を見る。二時ちょうど。

まさか、そんな偶然があるか?
俺は恐る恐るみんなに話す。

「なあ、時計……全部二時で止まってるぞ」

「え、マジで?それ、お前の勘違いじゃ……」
笑っていたはずの井上の声が、次第にしぼんでいく。
全員が、次の部屋、さらに次の部屋の時計を確認した。

やはり、二時。

誰も何も言わなくなった。

そのときだった。

「……カツン……カツン……」

音が、した。
乾いた、硬い音。
ヒール、あるいはブーツのような。

それが、通路の奥、暗闇の向こうから響いてくる。

誰もが凍りついた。
顔を見合わせ、次の瞬間、誰かが走り出した。

全員が、我先にと走った。
あの音は止まらない。いや、それどころか――近づいてくる。

「カツン……カツン……カツン……」

思考が追いつかない。俺はただ、階段を転げ落ちるようにして玄関へ走った。

車へ飛び込み、エンジンがかかるのを祈る。
そのとき、車体が「ガクン」と揺れた。
誰かが飛び乗ったような……気がしたが、そんなことを考えている余裕はなかった。

「日出子!!早く出せって!!」

井上が怒鳴り、日出子がアクセルを踏む。
病院が背後に遠ざかる。
田尾は?と一瞬思ったが、次の瞬間、原付が車の横をすり抜けていった。

安心したのも束の間だった。

田尾の原付が、前方で横転した。

急いで駆け寄る。幸い怪我は擦り傷程度だったが、田尾の顔が異常だった。
土気色で、唇が震えている。

「……いたんだよ……」

「え?」

「お前らの車の後ろに……髪の長い女が……張り付いてたんだよ……」

俺たちは一言も喋らず、ただ田尾を車に乗せ、俺が代わりに原付にまたがった。
とにかく、俺のアパートへ戻ろうと。

その夜、誰も一人になろうとは言わなかった。
狭いワンルームで、明かりを消さずに、四人が身を寄せ合った。

朝になって、なんとか落ち着きを取り戻した頃、皆を見送って部屋に戻った。
ふと、留守電のランプが点滅しているのに気がついた。

「……一件の新しいメッセージです」

再生ボタンを押す。

「ころしてやる」

女のような、男のような、押し殺した低い声。
ゾッとして、指が震えた。

「……午前二時〇分」

俺は受話器を取った。ちょうどそのとき、電話が鳴った。

「……もしもし……おれ……」

田尾だった。声が震えている。

「……実はいま家帰ったら……留守電に、同じ声が入ってた……」

俺は何も言えなかった。

ただ、受話器を握る手が、じわじわと汗で濡れていくのを感じていた。

――二時。
あの病院の時計たちが、ずっと示し続けていた時刻。

その時間が、今も……俺の耳の奥で鳴り響いている。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 洒落にならない怖い話

S