これは私が幼稚園の年長から小学校低学年の頃に体験した話です。
幼稚園年長の頃のある夜、母にそっと起こされ、着替えさせられて車に乗せられた。
車は見た事も無いような暗い裏道を通り、何処かへ向っていく。
小声で何処へ行くの、と訪ねると母は、
「セミナーへ行くのよ」
と呟いた。
暫く走った後、そこに着いた。
建物の玄関には薄ぼんやりとした明かりを放つランプが置かれていて、中には明かり一つ無く、幼い私は何となく恐怖を覚えた。
私はそこで、いろいろ変な体験をすることになる。
そこではまず最初に、親と別れ、暗室の中で他の数人の子供と一緒に映像を見せられた。
目が一つの女性の顔が飛び交っていたり、ひたすらうねっている青い画面だったり、動物の顔で人間の体の人が歩いていたり、そういう感じの映像だったと思う。
私も他の子供も、怖がることも騒ぐこともなく静かに見ていた。
映像を見た後には、別の部屋で銀はがしをしたり、ぬりえをしたりしていた。
それが終わったあとは親が部屋に迎えにきて、帰った。
結局私は、とある出来事があった日まで1年くらいそこへ通っていた。
深夜に車に乗って何処かへ出かけることは楽しくもあったし、帰りにコンビニでお菓子を買ってもらえたりもしたので、結構喜んで通っていたと思う。
その日いつものようにセミナーに行き、暗室で映像を見ていたときに無性にトイレに行きたくなり、外に出たが、いつも使っているトイレが使用中止だった。
それで上の階のトイレに行ったが、初めて来た階だったので帰り道がわからなくなってしまった。
まぁ誰か大人の人に聞けばいいや、と思って適当に歩いていると踊り場に出た。
4階へと続く階段には、進入禁止の札がかかっていた。
2階への階段を行けば多分もといた所へ帰れたのだろうが、何故かその時は上の階に行ってみたくなり、少しワクワクしながら進入禁止の札をくぐって上の階へと行った。
4階には、廊下の突き当たりに古びたシャッターがあるだけで、何も無かった。
なぁんだ、つまらない、と思い、帰ろうとすると、シャッターの横にもうひとつ階段があるのを見つけた。
階段にはまた侵入禁止の札がかかっていて、明かりも何もついていなかった。
また私は札をくぐり、階段を上った。
5階にはやはり明かり一つなく、薄暗かった。
廊下は4階のようにまっすぐではなく、ドアが沢山あり、みんな鍵が閉められていた。
何となく心細くなりつつも、とにかく行きあたりまで行ってみようと思い、先へ進んだが、なかなか行き当たりに着かない。
もう帰ろうかな、と思いはじめた頃に、やっと行き当たりまでたどり着いた。
行き当たりにはドアが一つあり、鍵がかかっておらず半開きになって明かりが漏れていた。
きっと誰か大人の人がいるな、もといた所まで送り届けてもらおう!と思い、半開きのドアから中をのぞいた。
中には男の人が数人、テーブルを囲んで何か真剣に話し合っていた。
照明はテーブルの上に一つライトがあるっきりで薄暗いので顔はよく分からなかった。
私は何だか声をかけるのも躊躇われて、しばらく部屋をのぞいていた。
意を決して話し掛けようとした時、話し合っている男のひとりが不意にこっちを見て、
「何してるんだ!」
と叫んだ。
私が驚いて何も言えずに立ちすくんでいると、男は立ち上がり、ガバッとドアを開けた。
そして子供の私を見て安心したのか表情を緩め、
「どうした、迷子か?」と聞いてきた。
私が、
「そうです、なんかトイレに行ったら帰れなくなって、大人の人を探してて……」
と言うとその男は他の人に、
「ちょっとこの子を下に送ってくるから」
と言い、ドアを閉めた。
その男は結構若かったと思う。たぶんおっさんじゃなかった。
それで男と二人で廊下をてくてく歩いていくと、廊下に自動販売機が何台もズラーと並んでいるところに出た。
男は、「ジュース飲むか?」と言った。
私が「飲む」というと、男は金を渡し、「好きなのを買え」と言った。
その自動販売機で売られているジュースは、何故かどこでも見かけたことがないようなものばかりだった。
不思議に思いつつも、適当に選んで買った。
買ったあとも、見たこともないジュースばっかりだ、せっかくだから他のもみよう、と思って、自動販売機の列をずっと進んでいくと、突き当たりにドアがあった。
何気なしに、ドアノブに手を伸ばすと……
「ガチャガチャガチャッ」
その途端、ドアノブが激しく回り始めた。
びっくりして手を引っ込める私。
音に気がついて、男が凄い勢いで駆け寄ってくる。
「開けるな!」
そのまま男は私の手をぐいぐい引っ張って薄暗い廊下を歩いていく。
背後ではまだドアノブがガチャガチャ回り続けている。
自動販売機からだいぶ離れたところで男はようやく私の手を離した。
そこは、行きで通った、ドアがたくさんある所だった。
もう少しで階段のところだ……
ほっとする私。だが、次の瞬間、
「ガチャガチャガチャッ」
後ろのドアノブがすごい勢いで回り始めた。
さらにそれに共鳴するかのように、右のドアノブも、左のドアノブも、
「ガチャガチャガチャッ」
と回り始めた。
男はまたぐいぐいと私の手を引っ張り始めた。
小声で
「どうしたの?」
と聞くと、男は
「うるさい!なんでもない!」
と怒鳴る。
ますますドアノブの回る音は大きくなっていって右のドアも左のドアも後ろのドアも
ガチャガチャガチャガチャ……
その日はいつもよりも早く帰された。
そして、その日以来、二度とそのセミナーに行くことはなかった。
あの時、ドアノブの向こうには何があったのだろう。
(了)