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見てはいけないドア r+3,258

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幼稚園の年長だった。

ある晩、眠っていたところを母に揺り起こされた。囁くような声で「着替えて」と言われ、そのまま車に乗せられた。夜の道を走る車の窓に、家々の明かりが流れていく。けれど、しばらくすると、景色は変わっていった。
舗装が割れた狭い裏道。電灯もまばらで、雑草が車道にはみ出ている。そんな道を、母は黙ったまま進んでいった。

「どこ行くの?」

思い切って訊くと、母はぼそりと呟いた。

「セミナーよ」

意味はわからなかったけれど、その言い方がなんだか怖くて、それ以上は訊けなかった。

着いたのは、灰色の古びたビルだった。入口に置かれたランプがかろうじて灯りを放っているが、中はまるで洞窟みたいに真っ暗だった。私は母の手を握りしめた。けれど、そこからは親と引き離され、数人の子供たちと一緒に暗い部屋へ通された。

部屋にはスクリーンがあって、すぐに映像が始まった。
青い、うねうねとした波のような模様。次に出てきたのは、目がひとつしかない女の顔。顔だけが空間を浮遊していた。人間の体を持つ動物たちが、ぐにゃぐにゃと歩いていた。
音はなく、私も他の子供たちも、なぜか声を出さずに見ていた。不思議と怖くなかった。むしろ、何かに包まれているような、眠っているような感覚だった。

映像のあとには、銀はがしやぬり絵をやった。どれも子供向けの遊びだったけど、そこに漂っていた空気はどこか歪んでいた。時間がねじれているような、重たい空気。

一年くらい、そんな場所に通っていた。
夜に母と出かけるのは楽しかったし、帰りにコンビニでお菓子を買ってくれるから、当時の私はどこか浮かれていたと思う。

けれど、あの日がすべてを変えた。

その日もいつものように映像を見ていた。が、途中でどうしてもトイレに行きたくなって部屋を抜け出した。だが、いつものトイレは「使用中止」と貼り紙がされていた。仕方なく、上の階へ向かった。

初めての階だった。
トイレは見つかったが、用を済ませると戻り道が分からなくなった。まあ、大人に訊けばいいだろう。そう思って適当に歩いていくと、踊り場に出た。
「進入禁止」と書かれた札が、四階へ続く階段を封じていた。でも私はそれをくぐってしまった。あの時の自分を止められたらと、今でも思う。

四階には古びたシャッターが一枚。薄暗く、物音ひとつない。つまらないと思いかけたその時、シャッター横にさらに上へ行く階段を見つけた。またしても進入禁止の札。けれど、なぜか惹かれてしまった。

五階は、まるで別の建物のようだった。
廊下はねじれていて、左右には何枚ものドアが並んでいた。全部、鍵がかかっていた。何かがおかしいと感じながらも、私は先へ進んだ。

廊下の行き止まり。そこに一枚だけ、半開きのドアがあった。中から薄明かりが漏れている。
中を覗くと、男たちが何人か、テーブルを囲んで何かを話していた。声は聞こえなかったが、真剣な顔つきだった。顔は見えない。テーブルの上にだけライトが当たっていた。

しばらく見ていると、ひとりの男が私に気づいた。

「何してるんだ!」

叫ばれて、体がびくんと震えた。逃げ出そうとしたが、男はドアを開け、近づいてきた。

「迷子か?」

驚いたことに、男は怒っていなかった。むしろ優しい声だった。

私は状況を説明すると、男は「送ってやるよ」と言って、他の男たちに一言告げてからドアを閉めた。

彼は若かった。大学生くらいかもしれない。
二人で歩く途中、自販機が並ぶ場所を通った。

「ジュース、飲むか?」

私は頷いた。手渡された小銭を握りしめて、自販機の前に立った。
けれど、どれも見たことのない飲み物ばかり。パッケージも、名前も、まるで外国語のようで読めなかった。
でも、選んで買った。変な味がした。

もっと見てみたいと思って、自販機の列を辿っていくと、突き当たりにドアがあった。何気なくドアノブに手をかけた。

その瞬間――

「ガチャガチャガチャッ!」

ドアノブが突然、狂ったように回り始めた。私は驚いて手を引っ込めた。

後ろから男が駆けてきて、私の手を強く掴んだ。

「開けるな!」

怒鳴られた。その目はさっきとはまるで違っていた。

ドアの向こうから、何かがいる。そう確信した。何か、とてつもないものが。

男に引っ張られて、廊下を戻っていく。その間もずっと、背後からは「ガチャガチャガチャ……」という音が響き続けていた。

もうすぐ階段……というところで、右のドアノブがまた動き出した。

「ガチャガチャッ」

続いて、左のドア、背後のドア――すべてのドアノブが、一斉に回り始めた。まるでそこに、何十もの存在が閉じ込められていて、一斉に外へ出ようとしているようだった。

私は男にしがみついた。

「どうしたの?」

「うるさい!なんでもない!」

怒鳴られても、私は泣かなかった。泣いたら、何かに気づかれてしまう気がした。

その日のセミナーは、早々に終わった。
母の顔が少しだけ、強張っていたように見えた。

それから、二度とそこへは行かなかった。
母も何も言わなかった。私も訊かなかった。あのセミナーのことは、家族で一度も話題に出なかった。

ただ、時々、思い出す。
自販機の列の先にあったドア。あのドアノブの向こうには、一体、何がいたのだろう。

……もしあの時、ドアを開けていたら、私はどうなっていたのだろうか。

(了)

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