高校二年の夏休み、俺は部活の合宿で某県の山奥にある合宿所に行く事になった。
183:2011/05/19(木)23:27:14.09ID:GMmQg5nH0
現地はかなり良い場所で、周囲には500m~700mほど離れた場所に、観光地のホテルやコンビニなどがあるだけで他には何も無いけれど、なんか俺達は凄くわくわくしてはしゃいでいたのを覚えている。
その日の夜の事。
暇をもてあました俺達は、顧問の先生の許可を貰いコンビニまで買出しに行く事にした。
わいわい騒ぎながら十人ほどで外にでて歩き始めると、昼間はそちらのほうに行かなかったので気付かなかったが、合宿所の裏手に家らしき建物があるのが解った。
その建物には明かりがついていなかった。
多分空き家か民家っぽいけど、別荘か何かなんだろうと思われた。
友人が調子の乗って
「あとで探検いかね?」
と言い出したが、あまり遅くなると顧問の先生にドヤされるし、ひとまず買い出し終わってから、合宿所内で今後のことは考えよう、という話になった。
コンビニで買出しをし合宿所に戻る途中、後輩の一人が変なことを言い出した。
例の建物の玄関が少し開いていて、そこから子供がこちらを覗き込んでいたという。
俺達は
「そんなベタな手にひっかからねーよ!」
と後輩をおちょくったが、後輩が真顔で
「マジで見たんだって!」
というので、ちょっと気味が悪くなってしまい、家が見えるところまで確認に戻ったが、ドアは閉じていて人の気配も無く、特に異常は無かった。
俺達は後輩をおちょくりながら合宿所へと戻った。
合宿所へ戻り、二階の廊下から外を眺めると、例の家の一階部分が木の間から僅かに見えた。
俺が友人と
「あそこに見えるのそうだよな?」
なんて話をしていると、家のドアが僅かに開き、暗くて良く分からないが子供らしい、人影が頭だけをドアから出してこちらを覗きこんでいる。
「……え?」
俺と友人は、同時のその光景を目撃し沈黙した。
その後、最初に口を開いたのは友人だった。
「おい……あれって……」
友人はかなり動揺しながらそういった。
俺も恐怖というより、あまりにも唐突の事で思考が停止してしまっていて。
「子供……こっち見てるよな?」
としか返せない。
その時、後ろの部屋から笑い声が聞こえてきた。
俺と友人はその声にびっくりし、ハッ!と我に返った。
そして、俺は「これやばくね?ばっちり見えてるよな?」というと、友人が
「おれちょっと携帯持ってきて写真撮る」と、自分の部屋へと走っていった。
すると、騒ぎを聞きつけて、なんだなんだと合宿所にいる生徒が、二階の廊下に集まりだした。
他校の生徒もいたので、総勢六十人くらいが合宿所にいたのだが、そのうちの半分くらい、三十人ほど。
子供らしき人影は、まだドアから顔のみを覗かせて、こちらを見上げているように見える。
廊下は大騒ぎになり、とうとう顧問の先生たちも何の騒ぎだとやってきた。
第一発見者の俺と友人が事情を話していると、窓から外を見ている生徒の何人かが
「あ!」と声をあげ、かろうじて聞き取れる音で、
『パタン……』とドアの閉じる音がした。
顧問の先生たちが外を見る頃には、ドアは閉じられ人影もなくなっており、何事も無い林と、明かりもついていない家らしき建物が見えるだけだった。
当然先生たちは信じてくれなかったが、ノリの良い若い先生二人が一応確認しに行ってくれることになり、合宿所の裏手へと回った。
俺達が窓から様子を見ていると、懐中電灯を持った二人が現れ、家の玄関のところで何かやっている。
どうやらドアが開くか調べているようだが、開かないようだった。
その後「誰かいますか~?」と声をかけたりしていたのだが、反応がないらしく、五分ほどで戻ってきた。
その後、何人かが携帯で撮影した画像も証拠として出したのだが、所詮は携帯の画質、真っ暗な画像が映っているだけで何の証拠にもならない。
俺達は先生達に「さっさと寝ろ」とまくし立てられて自分達に割り当てられた部屋へと戻った。
その夜、なんか中途半端でモヤモヤして寝れない俺達がこれから確認に行くか、それとも昼間行くかを話し合っていると、部屋の窓が『ドンドン!』と叩かれた。
窓の外に人影も見える。
俺達はさっきのこともありビビりまくっていると、外から
「おーい、あけてくれ!」と声が聞こえてきた。
カーテンをあけると、そこには昼間仲良くなった他校の生徒五人がいた。
やつらはどうも窓の外にある20cmくらいの幅のでっぱりをつたって俺達の部屋までやってきたらしい。
五人を部屋の中にいれると、どうもやつらも俺達と同じ話をしていたらしく、これから例の家に行く事にしたので俺達を誘いに来たらしい。
俺達もそれで決心が付いたので、これから肝試し?に行く事になった。
メンツは、うちの学校からは、俺、克也、健太。
他校からは、高広、博幸、圭介。
他のやつは何だかんだと理由をつけて結局来なかった。
俺達は五人が通ってきた窓の出っ張りをつたい外にでると、先生に見付からないように一端道路に出て、そこから大回りに問題の家へと向かった。
一応、家の周りは合宿所の二階廊下から丸見えなので、残ったやつ何人かが異常があれば廊下から懐中電灯で合図してくれるという計画になっていた。
家の前につくとさすがに不気味だった。
遠目には解らなかったのだが、壁には苔が生えているしあちこちに蔦も絡まっている、しかも外から見える窓は全て板が打ち付けられていてだいぶ長い事放置された場所のようだ。
最初高広と克也と健太が家の周りを確認しに行ったのだが、俺が開かない事は解っていたが何気にドアノブを回すとすんなりとドアが開いてしまった。
急いで三人を呼び戻し、俺達は中へと入る事にした。
中に入ると夏場という事もあり室内の湿気が凄くかび臭い。
家の中を探索してみると、埃っぽくカビ臭くはあるのだが、室内は荒らされた様子も無く、家具も何も無いのでやたら広く感じた。
一階を探索していると、圭介が「二階から笑い声しね?」と言い出した。
俺達は耳を澄ましてみたが、笑い声は聞こえない。
圭介に気のせいじゃないか?といったのだが、圭介は気になるらしく見に行きたいと言い出した。
しかし、まだ一階の探索も終っていないので、仕方なく三人ずつのグループに分けて、片方はそのまま一階を、もう片方は二階を探索する事にした。
グループわけは簡単で、同じ学校の俺と克也と健太がそのまま一階を、別の学校の高広と博幸と圭介が二階を探索する事にして、何かあったら階段のところでおちあう事にして別れた。
暫らく探索していると、二階から突然
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
と場違いに明るい笑い声が聞こえてきた。
そしてすぐに「おい圭介?どうした?おい!」と高広と博幸の狼狽した声が聞こえてきた。
俺達が大慌てで二階に上がると、一番奥の部屋に三人はいた。
笑い声の主は圭介で、窓のほうを向いてまだ
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
と大声で笑っている。
そしてその横に高広と博幸がいて、真っ青な顔で圭介を揺さぶったり頬を引っ叩いたりしていた。
俺達もただ事では無いと三人のところに行って前に回りこんで圭介の顔を見たとき、俺は今自分たちが置かれている状況の深刻さに始めて気が付いた。
圭介はほんとにおかしそうに笑い声を上げているのだが、顔は無表情でしかも目からは大粒の涙を流している、それに何か臭いとおもったらどうやら失禁しているらしい。
圭介はまるで俺達の事が見えていないかのように泣きながら笑い続けている。
俺達が狼狽して圭介に呼びかけていると、その場で一番冷静だった健太が
「とりあえず圭介このままにしておけないし、合宿所まで運ぼう」と言ってきた。
そして、俺達は圭介の手足と肩をもち外へと運び出そうと一階まで圭介を運んだ。
が、そこで問題がおきた。
ドアを開けようとした健太が声を震わせながら大声で
「ドア開かねーよ!」と言ってきた。
俺達は圭介を廊下に降ろし、みんなでドアを開けようとしたのだが、さっきは簡単に開いたのに今はびくともせず、六人の中で一番体格の良い克也がドアにタックルしてみたのだがそれでもまるで開く気配が無い。
俺達は軽くパニックになり顔を見合わせていると、二階から微かに
「ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
と、まるで抑揚の無い機械的な声というか音というかが聞こえてきた。
圭介はまだ床に寝転がされたまま笑っている。
とにかく外にでないといけない、そう考えた俺は、一階のリビングがガラスのサッシのみで割れば出れそうな事を思い出し、四人にそれを伝えるとリビングへと向かう事にした。
その時、ふと俺は階段の上を見て絶句した。
階段の踊り場の少し上ところから子供の顔がのぞきこんでいる。
月明かりが逆光になっていて表情とかは何も解らないが、顔のサイズや髪型からさっきの子供とわかった。
相変わらず
「ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
という声も聞こえてくる、どうやら声の主はこの子供らしい。
しかし何かがおかしい、違和感がある。
俺はすぐに違和感の正体に気が付いた。
子供は階段の手すりからかなり身を乗り出しているはずなのだが、なぜか頭しか見えない。
あれだけ乗り出せば肩辺りは見えても良いはずなのだが……
俺がそんな事を考えながら階段の上を凝視していると、高広が
「おい何してんだ、早く出ようぜ、ここやべーよ!」と俺の腕を掴んでリビングへと引っ張った。
俺には一瞬の事に見えたが、どうも残りの四人が圭介をリビングへ運び込み窓ガラスを割り、打ち付けてある板を壊すまでずっと俺は上の子供を凝視していたらしい。
俺は何がなんだか解らず、とりあえず逃げなければいけないと皆で圭介を担いで外へとでた。
外へ出ても相変わらず
「ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
という声は家の中から聞こえてくる。
俺達は圭介を担ぎ、博幸が合宿所へ先生たちを呼びに行った。
その後、圭介は救急車で運ばれた。
俺達は先生方に散々説教をされ、こんな事件があったので合宿はその日で中止となった。
帰宅準備をしていた昼頃、十台くらいの数の車が合宿所にやってきた。
中から二十人ほどのおじさんやおじいさん、あと地元の消防団らしき人が降りて、顧問の先生たちと何か話しをすると、合宿所の裏に回り例の家の周りにロープのようなものを貼り柵?のようなものを作り始めた。
俺達は何事なのかと聞いてみたが、顧問の先生たちは何も教えてくれず、そのままバスで地元へと帰った。
圭介は二日ほど入院していたが、その後どこか別の場所へ運ばれ、四日後には何事もなかったように帰ってきた。
後から事情を聞いてみると、圭介には家に入ったところから昨日までの記憶が何もなかったらしい。
圭介が帰ってきた日の夜、俺が自分の部屋で寝転がってメールしていると、一瞬
「ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
というあの声が聞こえた気がした。
びっくりして起き上がりカーテンを開けて外を見たりしたが、いつもの景色で何も無い。
俺は「気のせいかな?」と起き上がったついでに一階に飲み物を取りに行くことにした。
俺の家はL字型になっていて、自室は車庫の上に乗っかるような形になっている。
冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し二階へ上がると、丁度階段を上がったところの窓のカーテンの隙間から僅かに自室の屋根の部分が少し見えた。
すると屋根の上に何かがいる……
この前あんな事があったばかりなだけに、ビビりまくった俺が窓からカーテンを少し開けて外の様子をのぞくと、屋根の上に和服を着た子供が両手を膝の上にそろえて正座しているのが見えた。
それだけでもかなり異様な光景なのだがそれだけではなかった。
子供は体を少し前かがみにして下を覗きこむような姿勢なのだが、首のあるはずの部分から細長い真っ直ぐの棒のようなものが1mほどのびていて、その先にある頭が俺の部屋の窓を覗き込んでいた。
「ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
という声も窓越しにわずかに聞こえてくる。
俺はあまりの出来事に声も出せず、そのまま後ずさりすると一階へ下りた。
寝ている親を起そうかとも思ったが、これで起してあれがもういなかったらそれこそ恥ずかしい……
その時なぜかそう思った俺は、そのまま一階のリビングで徹夜した。
たしか朝四時過ぎまで「ホホホ……」という声は聞こえていたと思う。
翌朝、恐る恐る部屋に戻ってみたがあれはいなくなっており、室内にも特に変わった部分は無かった。
その日の昼頃、自宅の電話に顧問の先生から電話があった。
この前の件で話があるからすぐに来いという。
昨晩のこともあった俺は、嫌な予感がして大急ぎで学校へと向かう事にした。
学校へ到着すると、生徒会などで使っている会議室に呼ばれた。
会議室に入ると、克也、健太、それに高広と博幸までいる、更にうちの学校と高広たちの学校の顧問の先生たち、それと見た事の無いおじさんたちも数人いた。
まず顧問の先生のうち一人が話し始めた。
要約すると、圭介にまた同じ症状だでたらしく、とある場所に運ばれたらしい、そして、俺達に「昨夜おかしな事はなかったか?」と聞いてきた。
俺はすぐさま「昨夜のあれ」を思い出し、
「あのー、深夜になんか変なのが俺の部屋を覗き込んでるのが見えて……」と事情を話した。
克也、健太、高広、博幸には特に異常はなかったらしい。
すると高広が
「そういやお前(俺)さ、あの家の中で階段の上眺めながらボーっとしてたよな?あれ関係あるんじゃないか?」
と言い出した。
そういえば……
俺はあのときの事を思い出し、皆に
「あの時さ、変な笑い声みたいなのと、なんか子供の姿見たよな?」と聞いてみた。
しかしみんなは、声はずっと聞こえていたけど子供の姿は最初のドアのところで見ただけで、家の中では見ていないという。
俺達がそんなやり取りをしていると、さっきまで黙っていたおじさんが事件の詳細を話し始めた。
非常に長い話だったので要約すると。
俺達がであったのは、「ひょうせ」と呼ばれるものらしい。
これはあの土地特有の妖怪のようなもので、滅多に姿を見せないが、稀に妊婦や不妊の家の屋根に現れて笑い声をあげるらしい、そうすると妊婦は安産し不妊の夫婦には子供が産まれるという、非常に縁起の良いものだそうな。
ただし、理由は全く解らないが、数十年に一度なぜか子供を襲い憑り殺してしまうという厄介な存在でもあった。
ちなみにあの家は全くいわくも何もなく、ただ「ひょうせ」が偶然現れただけの場所なのだが、「ひょうせ」が子供を憑り殺そうとした場合、それに対する対抗策があり、「ひょうせ」が最初に現れた場所に結界を作り封じ込め、簡易的な祠をつくって奉ることで殺されるのを防ぐ事ができるらしい。
合宿所から帰る直前、俺達が見たのはその封じ込め作業だったわけだ。
おじさんは続けて、ただ今回は何かおかしいのだという。
普通祠をつくって奉ればそれで終るはずなのだが、今回はどういうわけだが逃げられてしまって圭介がまた被害に会い、しかも俺のところにまで現れている。
それに、そもそも現れるだけでも珍しい「ひょうせ」が自分達の村とその周辺以外に現れるというのも全く前例がないうえに、「ひょうせ」が前回子供を襲ったのは二十年ほど前で「早すぎる」のだそうな。
ただ、おかしいおかしいといっても現実に起きてしまっているのだから仕方が無い。
俺達は学校で村から来たお坊さんに簡易的な祈祷をしてもらい、お札を貰って君たちはこれで大丈夫だろう、と言われ帰された。
ちなみに圭介に関しては、暫らくお寺で預かって様子を見て、その間にもう一度祠を建てて「ひょうせ」を奉ってみるとの事だった。
学校から帰された俺達は、各々迎えに来ていた親に連れられて帰る予定だったのだが、話し合ってひとまず学校から一番近い俺の家に全員で泊まることにした。
安全と言われていてもやはり不安だし、全員でいたほうが少しは心細く無いと思ったからだった。
その夜、俺達が部屋でゲームしていると
「コン……コン……コン……コン……」
と窓を規則的に叩く音がした。
さっき説明した通り、俺の部屋は車庫の上にあり壁もほぼ垂直なので、よじ登って窓を叩くなどまずできない。
しかも、その窓は昨晩例の子供が覗き込んでいた窓だ……
状況が状況だけに全員が顔をこわばらせていると、健太が強がって
「なんだよ、流石に誰かの悪戯か風のせいだろ?」とカーテンを開けようとした。
俺は大慌てで健太に事情を話しカーテンをあけるのを踏みとどまらせた。
窓を叩く音はまだ続いている。
博幸が「やっぱ正体確認したほうがよくね?解らないままのほうが余計こえーよ……」と言ってきた。
たしかに何かその通りな気がした、なんだか解らないものが一晩中窓を叩いている状況なんてとても耐えられそうに無い。
俺達は階段のところまで移動し、カーテンを少し開けて隙間から俺の部屋を見てみた。
いた……
昨日のあれが、やはり昨日と同じように首をらしき棒を伸ばし、窓から俺の部屋を覗き込んでいる。
そして、時々コン……コン……と頭を窓にぶつけている。
「ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
という例の抑揚の無い笑い声のようなものも聞こえてきた。
音の正体はこれだった。
異様な光景だった、そして、昨日は気付かなかったが、あれは子供と言うより和服を来た人形のようだった。
頭が窓にぶつかる音も、人間の頭と言うより中身が空洞の人形のような音だ。
高広が「ひょうせって今日もう一度封じ込めたんじゃねーのかよ……」と呟いた。
その時、俺の親父が騒ぎに気付いて「お前ら何やってるんだ?」と階段を上がってきた。
その時、その声にびっくりした克也が思わず腕を窓にぶつけて『ドン!』と大きな音を立ててしまった。
"それ”の棒の先にある頭だけがカクンッという感じでこっちを向いた。
俺達は顔をはっきりと見た。
"それ”はおかっぱ頭で笑顔の人形だった。
ただし、ただの人形ではない。
顔は人形特有の真っ白な肌なのだが、笑顔のはずの目は中身が真っ黒で目玉らしきものが見えない、
口も同じで、唇らしきものもなくそこにはやはりぽっかりと真っ暗な三日月状の穴のようなものがある。
それでも、目や口の曲線で「にっこり」と言う感じの笑顔なのが解るのが余計に不気味だった。
親父が「だからお前ら何やってるんだ?」と窓のところに来てカーテンを全開にすると、それはサッ!と屋根の影に隠れて見えなくなった。
が、親父にも一瞬「何かがそこにいた」のは解ったらしい。
親父は大慌てで一階に降りると、携帯でどこかに電話をし始めた。
どうやら昼間祈祷をしてくれたおぼうさんやおじさん達の連絡先を聞いていたらしく、そこと顧問の先生のところに電話しているらしい。
その後、影に隠れたきり"それ”は二度と姿を現さなかった。
朝になり、昨日のおじさんたちや顧問の先生などが俺の家に来た。
とりあえず異常事態ということで、全員を合宿所近くにあるお寺まで連れて行くという。
みんなの親たちも俺の家に来たのだが、おじさんが「被害が更に拡大するといけないから親御さんは来ないほうがいい」と言うことで、行くのは俺達だけになった。
俺達は着の身着のまま車に乗せられ出発した。
昼前にお寺に到着した。
お寺に入ると、ジャージ姿でゲッソリとした感じの圭介が俺達を出迎えた。
圭介によると、あれから色々あったがなんとか今のところは助かっているらしい。
本堂に入ると、お坊さんと昨日のおじさんが昨晩の出来事を詳しく教えてほしいと言ってきた。
俺達が順番に状況を話していると、人形の姿の説明のところでおじさんが
「ちょと待った、人形?首が長い?何の話をしているんだ?」と驚いた顔で言ってきた。
そして、俺達が昨日みた人形の姿を改めて説明すると、お坊さんと
「いや、これはひょうせじゃないぞ、どうなってるんだ?」
「おかしいとおもったんだ。色々辻褄が合わない」
と、二人で話し合い始めた。
そして暫らく話し合った後、俺達に状況を説明してくれた。
結論から言えば、「ひょうせ」に憑りつかれていたというのは全くの勘違いで、どうも俺達に付き纏っているものの正体は、全く別の何からしい。
俺は、今更それはねーだろ……と思った。
おじさんが続けた。
最初状況を聞いたとき、
・子供のような姿
・笑い声
・生徒がおかしくなって笑いながら泣いている
・村の近く
と言う状況から、「ひょうせ」だと思ったらしいが、どうも今詳しく話を聞いてみると、「ひょうせ」のしわざと症状は似ているが、姿形が、まるで伝承や過去の目撃証言と違うらしい。
そもそも「ひょうせ」というのは、子供くらいの姿をした毛むくじゃらの猿のような姿で、服も着ていないしおかっぱ頭でもないし、当然、首ものびたりもしないようだ。
笑い声も、俺達の聞いたようようの無い機械的なものではなく、笑い声といっても、猿の鳴き声に近いとの事だった。
室内が重苦しい雰囲気になり、皆しばらく沈黙していると、お坊さんがこう言ってきた。
「とりあえず、何か良くないものがいるのは間違いない。少し離れたところに、こういう事に詳しい住職がいるので、その人を応援に呼んでくる。暫らく皆、座敷でまっていてほしい」
そういうと、車に乗りどこかへ行ってしまった。
俺達は座敷に通され呆然としていた。
おじさんはしきりにどこかへ電話をし、かなりもめているように見えた。
夕方になり、お坊さんが別のお坊さんを連れて戻ってきた。
お坊さんが戻ってくると同時に、さっきのおじさんが携帯を片手に「えらい事になった!」と、お坊さんのところに走り寄って来た。
話を聞いていると、どうも村の子供が一人、圭介と同じ症状でいるところを発見されたらしく、これからこっちへつれてくるという。
この寺のお坊さんが俺達に、
「とりあえず後で話をするから、ひとまず君たちはさっきの座敷で待っていてくれ」
というと、大慌てで二人で本堂のほうへと歩いていった。
それから十五分ほどすると、ワゴン車がやってきた。
車の中からは、圭介のときと同じように、けたたましい笑い声がする。
車の扉が開き、中から数人の大人と、笑い声を上げる以外身動き一つしない中学生くらいの子供が運び出され、本堂へと連れて行かれた。
暫く本堂の中から、
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
という、笑い声とお経を読む音が聞こえていたが、それも十分くらいで収まり静かになった。
それから更に十五分ほどすると、お坊さん二人が俺達のいる座敷に入ってきて、色々と説明し始めた。
さっきの子供のほうは消耗が激しいので、本堂に布団を敷いてそのまま寝かせているらしい。
応援でやって来たお坊さんによると、どうも話を聞いた感じやさっきの子供の様子から見て、幽霊や妖怪のようなものが原因ではなく、何かしらの呪物が原因ではないかという。
特に根拠があるわけではないけれど、感覚的にそう感じるらしい。
そして、呪物の類だとすると、と前置きし、恐らく、祈祷で呪物と君たちの縁を切ってしまえば、なんとかなるのではないかと。
そして、できればその人形も供養してしまいたい、とのことだった。
とりあえずそういう話でまとまったという事で、俺達もそれで解決できるなら早くしてほしいと、話がまとまた。
と、その前に、俺はずっと我慢していたのだがトイレに行きたくなった。
事情を話し、「でも一人じゃなぁ……」と思っていると、他のやつも全員我慢していたらしく、結局六人で連れションすることになった。
トイレからの帰り道、本堂へ続く廊下を歩いていると、どこからか
「ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
という、例の抑揚の無い声が聞こえてきた。
場所は分からないが、あれがすぐ近くにいるようだ……
高広が「近くにいるよな……」というと、克也が「かなり近いぞ、やばくね?」と返した。
たしかにかなり近い。でも姿は見えない。
すると最後尾にいた圭介と博幸が「やばい、早く本堂に逃げろ!」と、窓の上のほうを指差しながら叫んだ。
俺達が指差した方向へ振り向くと、それはいた……
前と同じように屋根から頭だけを突き出し、「ホホホ……」と笑いながら、例の真っ黒な目と口の顔をこちらに向けながら、ニコニコと笑っている。
俺たちは全力で逃げ出した。
本堂に着くと、お坊さん二人とさっきのおじさんが待っていた。
今になって気付いたのだが、おじさんはどうもこの村の村長さんらしい。
俺達が事情を話すと、お坊さん達はすぐさま俺達を座らせ、お経を読み始めた。
暫らくお経を読んでいると、本堂の天井のほうから、「ホホホ……」という例の笑い声と、コツ……コツ……という、俺の部屋で聞いたあの音が聞こえてきた。
俺達はビビりまくって身を寄せ合っていた。
暫らくすると声が聞こえなくなった。
俺が「終ったか?」と言い切らないうちに、今度は本堂の横の庭のほうから、「ホホホ……」という声が聞こえ始めた。
そして、薄暗くなり始めた本堂の障子に、夕日に照らされたあの人形のあたまが映し出された。
あたまはユラユラ揺れながら、相変わらずあんぽ不気味な笑い声で笑っている。
その時、俺は恐怖心と不安感と連日の寝不足で、もう耐えられなくなって、ちょっとおかしくなっていたんだとおもう。
人形の影を見て、恐怖心よりもその姿にイラつきはじめた。
ユラユラ揺れている姿を見ると、とにかくなんだか良く分からないがムカついてきて、とうとう我慢できなくなった。
俺はお坊さん達がお経を読んでいる横の鉄の燭台を掴むと、蝋燭もささったまま引き抜き、周りが制止するのも振りきり障子を開けた。
目の前にあの人形の顔があった。
一瞬俺は恐怖心に襲われたが、怒りとイラつきが勝って、そのまま燭台をぶら下がっている人形の頭めがけ、
「ふざけんなーーーーーーーーーー!」
と叫びながら振り下ろした。
バキッ!という音がして、燭台の先端が人形の顔にめり込み、そのまま人形は地面に落下した。
俺は裸足のまま庭に下りると、更に燭台を振りかぶり人形に打ち下ろした。
すると、なにか頭の中に妙な感覚が芽生え始めた。
人形はそれでもなお、「ホホホ……ホホホ……ホホホ……」と無機質に笑っている。
俺はおかしくも無いのに笑いたくなり、なきたくも無いのに目からボロボロと涙が零れ落ちてくる。
明らかに圭介たちと同じ状況になりつつあるのだが、それでも俺は燭台を振りかぶり、人形に打ち下ろすのをやめなかった。
あとから話を聞くと、俺はゲラゲラと笑いながら、無表情でボロボロと涙を流していたらしい。
暫らくそんな状態が続いていると、どうも燭台に残っていた蝋燭の火が人形の服に燃え移ったらしく、人形が煙を上げて燃え始めた。
友人たちによると、人形の「ホホホ……ホホホ……ホホホ……」という笑い声と、俺の絶叫が交じり合い、薄暗くなり始めた周囲の雰囲気とあわさって、異様な状況だったという。
それでも俺は、笑い泣きしながら殴り続けていると、どこを殴ったのかよくわからないが、メキッ!という鈍い音がした。
その途端、俺の中の妙な感情が消えた。
消えたというか、急にシラケてしまったといえば良いのだろうか、とにかく人形に対するイラつきも、笑いたいという気持ちも、泣きたいという気持ちも、急になくなってしまった。
俺はその場にヘタり込み、友人たちやおじさんが「……大丈夫か?」と心配そうに近付いてきた。
人形はもう笑ってもいないし動きもしないが、燃えたままでは不味いので、友人たちとおじさんが砂を掛けて消していた。
理由は分からないが、俺は何故か全て解決したような、そんな良い気分になっていた。
この騒ぎの中、お坊さん二人はずっとお経を読み続けていたらしい。
人形(もう殆ど残骸に近かったが……)の事は明日詳しく調べる事になり、箱に入れてお札を貼り、本堂に安置する事になった。
俺達はお坊さんの好意で、そのままお寺に泊まることにした。
翌朝。俺達は本堂に呼ばれた。
どうやら、お経のお陰なのか、俺がぶち切れたのが原因なのか、理由ははっきりしないが、どうも一応解決はしたらしい。
そして、人形はこのままこのお寺で供養する事になったのだが、結局この人形が何なのか、その辺りは謎のままだった。
ただ、燃え残った人形の胴体に、焼け焦げ消えかかった文字で、「寛保二年」という記述と、完全に燃えて文字数しかわからない作者の名前六文字、それと、はっきりとは分からないので、残っている文字の痕跡からの推測だが、「渦人形」という単語が読み取れた。
お坊さんが言うには、とにかく正体は不明だが、何らかの呪物である事はまちがいないらしい。
燃え残った残骸に、頭と動を繋ぐ棒の部分があったのだが、そこにびっしりと、何か呪術的な模様が書かれていた痕跡があるのが、確認できたとの事だった。
その後、今に至るまで、俺も含め当時のメンバーには、知る限り何も起こっていない。
お寺のお坊さんからは、人形の正体がわかったら連絡をくれるという話だったが、あれから数年経つが、未だその連絡も来ない……
(了)