「伝統」って聞くと、はるか昔から脈々と受け継がれてきた、揺るぎないもの…そんなイメージ、ありませんか? でも、ちょっと待った!
私たちが「日本の古き良き伝統」だと思い込んでいるものの中には、実は意外と新しい"発明品"がたくさん隠れているんです。
例えば、年の瀬の風物詩、お正月の「初詣」。家族揃って重箱に詰められた豪華な「おせち料理」を囲む光景。これらが、実は明治時代以降の鉄道会社や戦後の百貨店のキャンペーン戦略から生まれ、定着したものだと聞いたら驚きませんか? 「昔からのしきたり」の仮面を被った、近代生まれの習慣だったなんて! まさに「マジか!」案件ですよね。
驚きはこれだけではありません。
✦喪服の「黒」:今でこそ弔事の標準色ですが、黒が定着したのは明治以降、西洋文化の影響を受けてから。それ以前は白や鼠色など、地域や身分によって様々でした。
✦謝罪の「土下座」:これも時代劇の影響で「古来の謝罪様式」と思われがちですが、実際にはそこまで一般的な作法ではなく、特に武士にとっては屈辱的な行為。庶民の間でも、頻繁に行われていたわけではないようです。
✦冬の味覚「白菜」:実は江戸時代には存在しませんでした。日本に入ってきたのは明治時代、日清・日露戦争の兵士が持ち帰ったのがきっかけと言われ、本格的に普及したのは大正から昭和にかけてです。
✦厳かな「神前結婚式」:神社での結婚式が一般化したのは、1900年(明治33年)の皇太子(後の大正天皇)のご成婚がきっかけ。それまでは自宅で行うのが主流でした。まさに「創られた伝統」の代表格です。
私たちが「和の心」として大切にしている(つもりの)行事、風習、食生活。その多くが、実はここ100年ちょっとの間に「創作」され、たくみなマーケティングや時代の要請によって広まってきたものなのです。
では、なぜ日本の「伝統」はこうして次々と生まれ、多くの人々に受け入れられてきたのでしょうか? その背景には、言葉の持つ力、美談への憧れ、そして見事な商魂がありました。
✦縁起物と改元:「縁起のいい白い亀が見つかった!」という理由だけで、奈良時代には4回も改元が行われた記録があります。めでたいこと、縁起の良いことを尊ぶ心性が、新しい出来事を「吉兆」として受け入れる土壌を作ってきたのかもしれません。
✦ブランド野菜の誕生:今や京野菜の代表格「万願寺とうがらし」。これも実は大正時代に京都府の農事試験場で、海外品種「カリフォルニア・ワンダー」と日本の在来種を交配させて生まれた、比較的新しい品種なんです。
✦旧国名の威力:香川県の「讃岐うどん」が全国区になった背景には、旧国名「讃岐」の持つ伝統的な響きと、それを活かしたPR戦略がありました。同様に福井県の「越前竹人形」なども、旧国名を冠することで歴史と由緒を感じさせていますが、これも創作された工芸品です。
✦「国技」の称号:相撲が「国技」と呼ばれるようになったのは、1909年に両国に「国技館」が完成してから。それ以前は法的に定められた国技ではありませんでした。これも、会場建設を機にイメージ戦略として定着したものです。
そして、近年急速に普及した「恵方巻」。これも起源をたどれば、大阪の花街や寿司・海苔業界が節分のイベントとして始めたものがルーツとされますが、全国的な習慣になったのは、1989年にセブン-イレブンが「恵方巻」と名付けて大々的にキャンペーンを展開し、他のコンビニチェーンが追随した結果です。仕掛けられたブームが、わずか20~30年で「伝統行事」の顔をし始めたわけです。
初詣も同様です。元々は「年籠り(としごもり)」といって大晦日の夜から元旦にかけて氏神様の社に籠る習慣や、元旦に恵方(縁起の良い方角)の社寺に参拝する「恵方詣り」などがありました。明治時代になり、鉄道会社がこれらの風習を巧みに組み合わせ、「元旦に電車に乗って有名な神社仏閣へお参りする」という新しいレジャー・イベントとして宣伝し、定着させたのです。川崎大師などがその代表例ですね。見事な商才です。
おせち料理にしても、現在のような「重箱に詰めた形式」や「料理の品目と意味付け」が一般化したのは、戦後、高度経済成長期に百貨店が「正月料理セット」として豪華さを競って販売戦略を展開した影響が大きいと言われています。これもまた、商売努力の賜物なのです。
このように、言葉の魔力や美談の引力が商売を成功させ、文化を豊かにすることは多々あります。しかし、歴史的な裏付けがないにも関わらず「古来からの伝統」として喧伝されるものには、注意が必要です。その最たる例が「江戸しぐさ」。NPO法人などが「江戸時代からの美しいマナー」として広めようとしましたが、江戸時代の文献には一切記録がなく、専門家からは完全に「創作」であると指摘されています。
こうして見ると、私たちが「日本の伝統」として認識しているものの多くが、明治維新以降、特に近代化や商業主義の中で「発明」されたものであることがわかります。大切なのは、その成り立ちや背景を知り、言葉のイメージや「伝統だから」という思考停止に陥らず、物事の本質を見極めようとすること。伝統とは、固定された過去の遺物ではなく、現代に生きる私たちが選び取り、時には新たに「作り上げていく」ものなのかもしれません。
だから、次に誰かが「これは昔からの伝統だから」と言ったとき、あなたはこう問い返すことができるはずです。「へえ、それっていつ頃から始まった『伝統』なんですか?」と。その一言が、新しい発見への扉を開くかもしれませんよ。