大学に通い出して二年目。
思い描いていたキャンパスライフはどこにもなかった。
人と話すのが怖くなって、講義もサボりがちになって、バイトも辞めた。
誰かに必要とされていないという感覚が、骨の髄まで沁みてきて、朝が来るのが怖かった。
とにかく、なにかに吐き出さないと潰れそうだった。
それでブログを始めた。無料で、誰でも開設できるやつ。
SNSは知り合いに見られるのが嫌だったし、あくまで匿名で、俺だけの場所にしたかった。
最初の一ヶ月は酷かった。
『死にてぇ』ばかり繰り返していた。
意味もなく。言葉にすらならないぐちゃぐちゃした思いを、キーボードにぶつけていた。
今思えば、よくあんな恥ずかしいこと書けたなと思う。
ただ、そのときは本当に死ぬことばかり考えていた。
風呂場でリストカットを真似たこともあった。もちろん浅かったけど。
けど、何かのきっかけで少しずつ状況が変わってきた。
たまたま取った選択必修の講義で、気の合うやつと出会えたんだ。
そいつと一緒に学食行ったり、LINE交換したりするうちに、気持ちも軽くなっていった。
ブログにも少しずつ前向きなことを書くようになった。
『今日はちゃんと起きれた』とか、『人と話せた』とか、地味だけど俺にとっては進歩だった。
ある日、ふと気まぐれで管理画面を覗いてみた。
アクセス解析ってやつがあったから。
どうせ誰も見てないだろって思ってた。実際、ランキングとかは一切気にしてなかったし。
でも、一人だけ……毎日アクセスしてるやつがいた。
同じ時間に、必ず。
そいつのIPをたどったら、そいつもブログを持ってることが分かった。
興味本位で見に行った。
真っ白な背景に、簡素なレイアウト。タイトルは『××の日記』みたいな、よくあるテンプレートだった。
けど、記事の中身が異様だった。
どの記事も、タイトルだけがついていて、中身は白紙。
『今日はいい感じ』
『あら残念』
『まぁまぁかな』
その程度の、意味不明なひと言。
しかも、更新日時がことごとく俺のブログの投稿から十分以内。
おかしいと思った。気のせいかと思った。
でも、比べてみたら分かった。
俺が『今日はきつかった』と書けば、そいつは『いい感じ』
俺が『少し楽になったかも』と書けば、そいつは『うーん、微妙』
まるで、俺を見て反応しているようだった。
俺の気分を、外から観察して、評価して、記録しているような。
急に寒気がした。
今も、見ているのか……?
その瞬間、自分のブログを更新したばかりだと思い出した。
もしや……そう思って、震える手であいつのブログを開いた。
そして見た。
『あー終わりか』
更新時刻は、俺がそいつのブログにアクセスした直後。
中身はやっぱり白紙。タイトルだけ。
その瞬間、ブチッと頭の中で何かが切れた。
俺はすぐに自分のブログを削除した。管理画面から、すべて。
パスワードも変えたし、ブラウザの履歴も消した。
それからブログには触れていない。
もう二年が経つ。
ただ、たまに――いや、定期的に――知らないアカウントから、変なメールが届く。
件名だけで、本文は白紙。
『今日は微妙』
『また見たいな』
『終わってないよ』
無視してる。返信もしてない。
でも、届くたびに、吐き気がする。
あのブログ、今もあるんだろうか。
俺のこと、まだ見てるのかもしれない。
(了)