大学の先輩と行ったドライブ旅行の帰り道。
「ちょっと待って、これ本当に合ってるのか？」
運転席の先輩が、少し苛立った声で言った。俺はスマホの地図アプリを必死に睨んでいたが、どうにも見覚えのない道だった。
「……いや、たぶん合ってる。近道のはずなんだよ、これが！」
自信のない声が出てしまい、先輩がため息をつくのが分かった。
山の夜は、想像以上に暗い。車のヘッドライト以外、光源は何ひとつない。おまけに静かすぎるせいで、タイヤが砂利を踏む音だけが耳に響いてくる。時計を見ると夜の8時。都会ならまだ人が行き交う時間だが、ここはまるで別世界だった。
「おい、これホントに近道なんだろうな？ 俺たちどこ向かってるんだよ！」
「あ、ああ。たぶん、山を越えれば――」
「たぶんって言うな！ なんかヤバい気しかしねえぞ」
先輩の声が大きくなる。俺もだんだん言葉を返すのが億劫になってきた。責任が自分にあるのは分かっている。でも、どうにもならないときってあるだろ？
その時、前方にポツリと光が見えた。
「あれ、車じゃないか？」
「……軽トラだな。ああいうの、田舎じゃよく見るけど」
暗闇にぼんやり浮かぶ小さなテールランプに、俺たちはほっと息をついた。どこかの地元の人が通っているに違いない。
「よし、あの軽トラについていこう。あいつなら山道を知ってるだろ」
俺たちは軽トラの後ろにつく形で走り始めた。
ところが、どれだけ走っても出口らしきものが見えない。それどころか、道がどんどん険しくなっている気がした。先輩がボソッと漏らした。
「……なんか、嫌な予感するな」
俺も同じことを思っていたが、口にするのが怖かった。代わりに、冗談めかして言う。
「いやいや、きっと遠回りしてるだけだって。たぶん、山道のショートカットはこんなもんだろ」
「ショートカットどころか、どんどん山奥に向かってる感じしかしないけどな……」
そんな会話をしている間に、軽トラとの距離が不意に開き始めた。そして、気づいたら完全に見えなくなっていた。
「え？ 嘘だろ？」
一本道だ。どこにも曲がる場所なんてない。見失うはずがないのに、軽トラの姿は消えていた。
「お前、何か見えたか？」
先輩が焦った声で問いかけるが、俺も何も見ていない。ただの暗い道が続くだけだ。
「まあいい、仕方ない。とにかく進むしかないだろ」
俺たちは再び走り出したが、その時だ。後方に妙な気配を感じた。
「……後ろ、何かいないか？」
先輩がバックミラーを覗き込む。俺も振り返った。暗闇の中、確かに何かがいる。遠くに小さな影がちらついているのだ。
やがて、それがライトを消した軽トラだと分かった時、背筋が凍りついた。
「おいおい、ライト消してんのかよ……こんな道で……？」
先輩の声が震えている。俺も正直、息が詰まりそうだった。ライトを消した車がついてくる。こんな不気味なことがあっていいのか？
「どうする？ 追い払うか？」
「無理だろ、こんな場所で……」
先輩が悔しそうにハンドルを握りしめた。軽トラはぴったりと俺たちの後をついてくる。速度を上げても、距離を保ったままだ。
「ついてきてるんじゃなくて、つけてきてるんだよな……」
そう呟いた瞬間、恐怖が胸を締めつける。先輩も「……だよな」と低く答えた。
道幅の広い場所に差し掛かった時、先輩は突然叫んだ。
「行くぞ！」
「え、何が――」
言い終わる前に、車が急にハンドルを切る。俺は慌ててダッシュボードにしがみついた。タイヤが砂利を跳ね上げる音、ガードレールに車体が擦れる音が響く。先輩はUターンを成功させたが、その瞬間、ライトを点けた軽トラが全力で追いかけてきた。
「逃げるぞ、振り切るまで走れ！」
先輩が叫ぶ。俺はもう何も言えなかった。ただガタガタ揺れる車内で、必死にシートベルトを握りしめていた。
どれだけ走ったか分からない。ようやく遠くに灯りが見えた時、俺たちはほぼ放心状態だった。車を無理やり滑り込ませたのは、小さなガソリンスタンドだった。
驚いた顔で出てきた店員のおじさんに、俺たちは半ばパニック状態で事情を説明した。
「軽トラが……追いかけて……ライト消して……」
俺たちの説明に、おじさんは冷静に一言。
「ああ、○○○会の連中だな」
その後、おじさんから聞かされた話は、奇妙で不気味だった。その山は○○○会という団体の所有地で、彼らは内部に集落を作り、外部の侵入を警戒しているという。ライトを消した追跡は、威嚇の一環らしい。
「あの軽トラ、戻っていったぞ」
おじさんの言葉にようやく安心したが、俺たちはその場からしばらく動けなかった。
[出典：2005/10/23(日) 02:15:17 ID:uJC1Dywl0]
