これは、大学時代の知人、森川から聞いた話だ。
森川はよく「霊感が強い」と言っていたが、当時の自分は彼の言葉をまともに信じていなかった。ただ、ある日一緒に訪れたリサイクルショップでの出来事が、その認識を揺るがすことになるとは、思いもよらなかった。
その店は、骨董品屋のような佇まいだが、看板には「貴金属・骨董品・電化製品・オーディオ」と手書きで書かれており、何でも扱う雑多な雰囲気が漂っていた。外観は年季が入り、雨に打たれて色あせた壁や剥がれかけの屋根が、30年の歴史を感じさせた。
元々は森川の電子レンジを探すために出かけたのだが、「せっかくだから」とその店を覗くことになった。
店内は想像以上に無秩序だった。骨董品の間に家電製品が突っ込まれ、皿が本立て代わりに使われている始末。雑然とした空間に足を踏み入れた瞬間、胸の奥に不快感がじわりと広がった。
店主の姿は見当たらず、薄暗い蛍光灯だけが静かに明滅していた。外でボーッと看板を見上げていた森川を呼び入れると、彼は妙に落ち着かない様子で呟いた。
「ここ、なんかいる……」
その言葉に少し苛立ちを覚えた。いかにも「それらしい」場所で、森川の“霊感”の話が始まるのは予定調和のように感じたからだ。「どこにいるんだよ」と聞き返すと、彼は無言で天井を指差した。
天井には何もない。ただ、薄暗い空間が広がるばかりだ。
店の奥に進むと古びた階段が見えた。森川が「もう見られてる」と低い声で呟く。その言葉に背筋がざわついたが、からかわれているだけだろうと思い直し、階段を昇り始めた。
一段、また一段と昇るごとに、空気が冷たく重くなっていくのがわかる。階段の先に見えた二階は意外にも明るかった。だが、足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
壁一面に並べられた着物。成人式や結婚式で着るような華やかな晴れ着がずらりと、袖に棒を通されてまるで案山子のように立ち並んでいる。その異様さに圧倒されていると、視界の隅で何かが動いた。
奥の晴れ着が揺れている。思わずそちらに目を向けた瞬間、着物の後ろから“それ”が覗いた。
人間の目とは思えない、冷たく激しい敵意を湛えた目。女の顔だった。
身体が凍りつき、息が詰まる。猛烈な吐き気がこみ上げ、意識が遠のいていった。その間もあの目は消えず、鋭く自分を睨みつけていた。
気づけば二階の床に倒れ込んでいた。森川と店主らしき男が話している声が聞こえるが、内容は耳に入らない。階段を降りようとするが、足がもつれて立てない。森川と店主が肩を貸してくれ、やっと店の外へ出た。
外に出ると同時に胃の中のものをすべて吐き出した。白い胃液が排水溝を伝う。息を整える余裕もなく、再び嘔吐。森川が背中をさすりながら、低い声で囁いた。
「あの目、見たんですね」
その言葉に、さっきの光景が頭をよぎる。再び吐き気が襲い、しばらく動けなかった。
やっと落ち着いた頃、森川が淡々と話し始めた。
「あの晴れ着、すべて中古らしいです。前の持ち主の怨念が宿っている可能性が高いですね」
彼の話では、晴れ着は成人式や結婚式といった人生の晴れ舞台の象徴であり、やむを得ない事情で手放す人も多いという。その未練や悲しみが、着物に深く刻まれることがある。
「あの女の目、客を追い払おうとしてましたね」
店主曰く、ここを訪れる客の多くが二階で何かを感じて帰るらしい。自分も、あの目で睨まれていたのだろう。
その日以来、森川は「ここには二度と行くべきじゃない」と強く言うようになった。着物を見かけるたび、あの敵意むき出しの目が脳裏をよぎる。
今でもその記憶は薄れるどころか、時折夢に現れるほどだ。
(了)