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Nの拳 r+2,324

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あれから六年が経った。

岡山の夜のことは、記憶の底で湿った石のように、どこまでも冷たく居座っている。
日常に紛れて薄れていったはずのそれが、今年またNと再会したことで、ぐらりと姿を現した。

正月、大学三回生の冬。
地元に戻った俺とNとIは、連れだって居酒屋で飲んだ。地元といっても中途半端な地方都市で、特にやることもなく、他愛のない話をしながら、焼酎をあおっていた。

酒が回ってきた頃、Iが唐突に言い出した。
「最近、住んでるアパートで変なことが起きてさ」
話を聞くと、夜中に天井の隅からカリカリと何かを引っかくような音がしたり、寝ていると金縛りにあうという。天井裏には何もいないと、大家が言っていたらしい。Iの顔は酔っていても少し青ざめていた。
俺たちはくだらない怖い話だと笑い飛ばそうとしたが、Nが「行ってみようぜ、そういうの嫌いじゃないし」と言い出した。俺も酒の勢いで頷いてしまった。

翌日、Iのアパートに向かった。
岡山の郊外、築二十年は過ぎた木造の二階建て。細長い階段を登り、二〇一号室へ。壁紙は黄ばんでいて、室内にはカビ臭さがわずかに漂っていた。
俺たちは、酒とつまみとゲーム機を広げ、肝試し気分で夜を過ごした。

深夜二時。
何も起きなかった。
Iはベッド、俺はソファ、Nは床に寝ることにして、各々寝る準備を始めた。
眠りに落ちたのは、それから一時間ほど後だったと思う。

午前四時過ぎ、突然、部屋に怒号が響いた。
「おらぁッ!!」
飛び起きた俺は、反射的に声の方を向いた。暗闇の中、NがIのベッドの横に立っていた。右腕を振り上げた格好のまま、笑っていた。Iは布団をかぶったまま、顔だけ出してこちらを見ていた。恐怖と混乱が入り混じった顔。

「何があったんだよ」
俺の声に、Nがあっけらかんと話し始めた。
「金縛りだってさ。Iがうなってたんだけど、起きないからさ。で、部屋見回したら……なんか黒いもやみたいなのがIに覆い被さってたんよ」
黒いもや?と俺が繰り返すと、Nは真顔で頷いた。
「電気は消えてるのに、そこの一角だけが異常に暗かったんよ。で、そのもやがIの胸のあたりにのしかかる感じで動いててさ。やばいと思って、とっさに殴ったら、声出た」
もやは霧散したらしい。Iの金縛りもそれで解けた。

俺は鳥肌が立った。
だけどNは笑いながら、「でも不思議なんだよな。見た瞬間、あ、勝てるって思ったんよ」なんて、訳のわからないことを言っていた。幽霊に勝てるかどうかの話をする奴なんて聞いたことがない。正直、少し羨ましかった。恐怖の中で突き抜けるような感覚を持てる人間がいるということに。

ただ、その後のNの話を思うと、それはあの夜に何かを持ち帰った証拠だったのかもしれない。

二週間後、Nが事故にあった。
車で走行中、道路に突然直径三メートルほどの穴が開き、そこに車ごと落ちたという。ニュースにもなった。現場の写真はネットでも出回っていたが、不自然に、穴だけが黒く染まっていた。地面の色と違う、油のような、煤のような闇。

見舞いに行った俺に、Nはまたも笑いながら言った。
「祟りじゃないって。幽霊が道路に穴開けられるか?そんなことできるなら、勝てる気しねぇしな」
その顔は笑っていたが、手はベッドの柵を強く握りしめていた。

長期入院の末、Nは就職に難航し、最終的に自衛隊へ入隊した。
自分を鍛え直したいという理由だった。
何を払いたいのか、何から逃げたいのか、それは訊かなかった。訊けなかった。

今年、俺たちはまた集まった。
Nは別人のように体を大きくしていた。身長は変わらないのに、肩幅が異様に広がっていて、話すたびに服が軋んだ。
名古屋の部隊に所属していて、最近は震災対応の現場にも行っていたらしい。

気になっていたことを、少し遠回しに聞いてみた。
「……霊とか、見たことあるか?」
Nは一瞬黙って、それからゆっくりと答えた。
「分からん」

言葉が重かった。
「見たかもしれんけど、それどころじゃなかった。亡くなった人も、それどころじゃなかっただろうし」

その言葉に、俺は後悔した。こんな話を軽々しく聞くんじゃなかった。
けれどNは続けた。
「でも……呼ばれてる感じは、よくした」
震災の現場で、遺体を掘り出すたび、がれきの隙間に寝転ぶたび、耳の奥で、何かが囁くのを感じていたという。
「おいで」「まだだよ」そんなような言葉だったそうだ。

医者に相談した。精神科にもかかった。診断はストレス性神経過敏。Nも納得したようだった。
「もう聞こえんし、夢だったんやろ」
Nはそう言って笑った。
けれどその目は、何かを見続けている目だった。
あの夜、Iの上にいた黒いもや。あれが、呼んでいたのか。
あるいは……勝てると思った瞬間、Nはすでに、踏み込んではいけない領域に一歩足を入れていたのか。

俺はあの日のことをもう一度思い出す。
黒いもや。叫び声。笑うN。震えるI。
そして今、あの声が、耳の奥に響いている。
「次は、お前だよ」

……気のせいだろうか。

[出典:911 :本当にあった怖い名無し:2012/09/11(火) 23:00:57.42 ID:3VMXduJ2Q]

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