高校の敷地は、山のてっぺんにあった。
俺の家は海の近くで、毎朝、坂を越えて通っていた。自転車を立ち漕ぎしなければ登り切れない急斜面で、帰りは一気に滑り落ちるように下る。そのときに耳を切る風の音だけが、今でもはっきり残っている。
あの日、下校途中で友人と気まぐれに道を変えた。舗装路を外れ、獣道のような脇道を辿っていくと、突然視界が開けた。公園とも空き地とも言えない広場だった。遊具もベンチもなく、木をまとめて切り払っただけのような場所で、土と枯れ葉の匂いが濃く、やけに音が吸われていた。
広場の端には、さらに細い道が続いていた。好奇心で進んだ先に、小さな神社があった。朱塗りの鳥居は色褪せ、社は傾き、横には簡素な展望台が組まれていた。そこからは街の灯りが遠くに見えた。俺たちは、ここを秘密基地にした。
放課後や休日、何度も集まった。夜は真っ暗で、肝試しには都合がよかった。途中には池があった。昼はただの水溜まりに見えるが、夜になると月を沈め、底が消える。池の先で道はY字に分かれ、右は神社、左は広場へ戻る下りだった。
ある日、神社で老人に呼び止められた。叱るでもなく、淡々と「遊ぶ場所じゃない」「昔は池がもう一つあった」「死人が出た」とだけ言って、奥へ消えた。その夜、祖母に話すと、底なし沼があったこと、事故が続いたこと、だから埋めたのだろうと教えられた。話の途中で祖母の顔が固まり、「もう行くな」と言われた。
翌日、その話を仲間にすると、誰かが探そうと言った。否定する理由はなかった。俺たちは、麓からの表道ではなく、別の獣道を使って山に入った。斜面には半分埋まった墓石、小さな滝、木に打ち付けられたわら人形があった。整っていないのに、放置されている感じがしなかった。
池は見つからなかった。何週間か過ぎ、気持ちも冷めかけていた頃、広場で一人が上を見上げて言った。まだ登っていない方向だった。
週末、俺たちは広場から山頂へ向かった。斜面はきつく、岩場や倒木が続いた。野良犬に吠えられ、小屋の跡地のような場所では、風に揺れるわら人形があった。音は少なかった。息づかいと葉擦れだけ。
その中に、間の抜けた音が混じり始めた。
ドボン。
一定の間隔で、何かが水に落ちる音だった。
進むにつれて、地面にゴミやコンクリ片が混じり、森が薄くなった。音は近づいていた。視界が開け、池が現れた。山中には不釣り合いな人工の池だった。護岸も土留めも整っている。人の気配はないのに、手入れされた感じだけが残っていた。

池の隅に沈んだ機械からパイプが伸びていた。泥を吸い上げ、吐き出すたびに音がした。俺たちはパイプを辿った。
三分もかからず、小さな木の小屋に着いた。二畳ほどの大きさで、外壁は御札で覆われていた。新しいものも、破れかけたものも、順序なく重ねられていた。パイプは小屋の中へ続いていた。
ドアがあった。誰かが触れた瞬間、扉は軽く開いた。
中は暗く、泥が満ちていた。床だと思ったものが沈み、触れた足が戻ってこなかった。一人が腰まで沈み、次の瞬間、体が止まった。引き上げようとすると、泥が重く、引く力とは別の方向に揺れた。泥は波打たず、音も立てず、ただ形を変えた。
皆で腕を掴み、どうにか引きずり出した。服は泥まみれで、ところどころ、触れていないはずの場所だけが乾いていた。
日が傾いていたため、山頂へは行かず戻ることにした。下り始めてすぐ、舗装路に出た。神社の裏手から公園へ続く道だった。位置は合っているのに、距離感が狂っていた。
そのとき、泥だらけの友人が立ち止まった。ズボンの腿に、泥が付いていない部分があった。指の形だった。五本。
そいつは何も言わず、来た道を戻ろうとした。止めたが、聞かなかった。気づくと全員で小屋の前に立っていた。ドアは開いたままだった。閉めた瞬間、音が止んだ。
池の話は誰にもしていない。神社にも近づかなくなった。
一年後、その友人はいなくなった。家でも学校でもなく、場所が分からなかった。警察に話しても、池のことは記録されなかった。
それから何度か、あの場所の近くを通った。ガードレールの向こうに、小屋はあった。御札は増えていた。貼り方は雑で、重なり、ずれていた。
今でも、坂を下るとき、耳の奥で水音がする。一定の間隔で、落ちる音だけが続く。
(了)