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中編 r+

底のない場所 r+3,524

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高校の敷地は、山のてっぺんにあった。

俺の家は海のそばで、通学に一時間弱かかった。自転車を立ち漕ぎしないと、たどり着けない傾斜の道。帰りはその反動であっという間に下りきる。
あの坂を駆け下りる風の音が、今でも耳の奥にこびりついている。

あの日、下校途中に友人と気まぐれに道を変えた。舗装された道を外れ、脇道をぐねぐね辿っていたら、開けた土地に出くわした。
公園と言うより、木々を切り払った広場のような場所。遊具もなければベンチもない。土と枯れ葉の匂いが濃く、やけに静かな空間だった。

広場をぐるっと回ると、細くて荒れた獣道が続いていた。好奇心に駆られてその道を進むと、山の中腹にある神社へとたどり着いた。
立派とは言いがたいが、朱塗りの鳥居と古びた社、横には木製の展望台があり、街の灯が遠くに見下ろせた。言ってしまえば、俺たちの秘密基地には打ってつけだった。

その日から、放課後や休日に俺たちはそこへ集まるようになった。
街灯もなく夜は真っ暗だが、かえって肝試しには最適だった。山道の途中には池があった。木々の合間から覗くその水面は月を吸い込み、夜になると底の見えない黒さが際立っていた。

池の先で道はY字に分かれ、右へ行けば神社への階段、左は広場へ戻る下り道だった。広場では鬼ごっこをしたり、花火をしたり、青春のくずみたいな時間を浪費した。
そんなある日、初めて神社で大人に怒られた。
老人だった。怒鳴りつけるわけでもなく、むしろ疲れたような口調で「ここは遊ぶ場所じゃない」「昔、このあたりにはもうひとつ池があった」「死人が出たんだ」とつぶやいて、神社の奥へ歩いていった。

気味が悪くなり、その夜、祖母に神社の話をした。
すると「底なし沼があった」と教えてくれた。「事故が何度もあったから埋めたんじゃないの?」とも。
祖母の顔は、話すうちに硬直していった。最後には「もう行かない方がいい」と釘を刺された。

けれど、そんな話を聞いて黙っていられる奴らではなかった。
翌日、仲間に話すと「探そう」という結論になった。あっさり。まるで宝探しのノリだった。俺も否定しなかった。

俺たちは、麓から神社への表道ではなく、別の獣道を手分けして登っていった。墓石が隠された斜面、小さな滝、木に打ち付けられたわら人形……この山は、何かがおかしい。そう思った。
だが「池」は見つからなかった。数週間探し続けて、気持ちも冷めかけていた。

そのときだった。広場でぼんやりしていた一人が「上を登ってみないか」と言い出した。
俺たちは、今まで麓→神社の流れでしか登っていなかったが、広場→山頂は未踏の領域だった。

週末、俺たちは「冒険」に出た。
しかし思ったよりも山は厳しかった。急な斜面、崖のような岩場、倒木。野良犬の群れに吠えられ、小屋の跡地のような場所ではわら人形が風に揺れていた。

音はなかった。
俺たちの息づかいと風のざわめき。そんな中、「ドボン……ドボン……」という音が混じり始めた。何かが水に落ちる音だった。

しばらくして、森の密度が薄くなり、地面にゴミが混ざるようになった。
その頃には「ドボン」の音は間近に聞こえていた。しかも、規則的な間隔で。

音を辿ると、唐突に視界が開けた。
そこには池があった。山の中には不釣り合いな、きれいに整備された人工の池。土留め、護岸、コンクリまである。
けれど、人の気配はない。なのに、掃除されたような清潔感があった。

音の正体は、池の隅に沈んだ機械から伸びるパイプだった。ときおり泥を吸い上げては吐き出していた。
そのパイプは、さらに奥の山道に伸びていて、俺たちはそれを追った。

ほんの三分。
パイプの終点には、小さな木の小屋があった。二畳ほどの大きさ。異様だったのは、小屋全体が御札で覆われていたことだ。新旧の紙が混じり、何枚も重ねて貼りつけられていた。パイプはそこから池へと続いていた。

小屋にはドアがあった。
一人が開けようと言い出した。
止めたが、言うことを聞かない。ドアを開けた瞬間、そいつの体が半分沈んだ。

「助けてくれ!!」

中には泥があった。底の見えない黒い泥。
そいつは胸のあたりまで沈み、藻のような臭いをまき散らしていた。皆で腕を掴んで、なんとか引き上げた。
ズボンもシャツも泥まみれで、呼吸も荒かった。泣いてたと思う。

その日は、山頂へ行くか迷ったが、十七時を過ぎていたため引き返した。
しかし、下り道を少し進むと突然舗装路に出た。神社の裏手、公園の先に続く道路だった。
拍子抜けするような位置に出たことが、逆に妙に感じられた。

そこまで来て、泥まみれの友人がポツリと呟いた。
「中で……足、引っ張られた」
ズボンには、泥がついていない箇所があった。人の手の形だった。五本指。

そいつは急に「ドアを閉めに戻る」と言い出した。
全員が反対した。が、「一人でも行く」と言ってきかない。仕方なく全員で戻った。確かにドアは開いていた。
あの時、なぜ閉めようとしたのか、本人も後から「わからない」と言った。

池のことは、誰にも話さなかった。なんとなく、言ってはいけない気がした。
それから俺たちは神社にも近づかなくなった。

一年後。
その友人が、失踪した。
最初は「家出」とされた。が、数日経っても帰らず、警察が出てきた。事情を話したが、大人たちは「関係ない」と言った。

どうしても納得できず、兄貴とその友人らを引き連れて池に向かった。
ガードレールを越えてすぐの場所だった。

小屋のドアは、また開いていた。
だが、目を引いたのは新しい御札。びっしりとパイプに貼られていた。まるで、何かを封じ込めるように。

その友人は、八年経った今も見つかっていない。

今でも時々、耳の奥で「ドボン……」という音がする気がする。
あれは……何だったんだろうな。

(了)

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