駐車場の真ん中に停めた理由は、自分でもよくわからない。
車中泊は、昔からの癖だ。目的地を決めずに走り、灯りの途切れる場所まで来たらエンジンを切る。毛布を敷き、天井を見上げ、外界と一枚のガラスで隔てられたまま眠る。宿を取るより安上がりで、誰にも干渉されない。そう思っていた。
だが実際は逆だ。ガラス一枚は、外と内の境界であると同時に、内側をさらけ出す窓でもある。カーテンを閉め忘れれば、寝顔も荷物も、呼吸の動きさえも、外からはっきり見える。こちらは闇しか見えないのに、向こうからは見えている。その感覚が、どこか癖になる。
去年の八月、盆明けの夜だった。日中の熱が抜けきらず、アスファルトはまだぬるかったが、山に入ると空気が変わる。窓を少し開けると、湿った草の匂いが流れ込んできた。
思い出したのは、山奥の展望台跡だ。展望台といっても、今は建物の扉に鎖が巻かれ、看板の文字も色あせている。昼間は誰も来ないが、夜になるとトラックが数台、間隔をあけて並ぶ。長距離の運転手たちが仮眠を取る場所だ。
その夜、トラックは二台。奥の端に一台、街灯の届かない暗がりに一台。なぜか俺は、そのちょうど中間、街灯の真下に車を停めた。明るいほうが安心だと無意識に思ったのかもしれない。
後部座席を倒し、毛布を敷き、スマホで動画を流す。エアコンを切ると、虫の声が浮き上がる。トラックのエンジン音も止まり、駐車場は均一な闇に沈んだ。いつのまにか指からスマホが滑り落ち、眠りに落ちた。
夜半、喉の渇きで目が覚めた。車内は真っ暗で、街灯の光がフロントガラス越しに淡く差している。前席のバッグに手を伸ばしたとき、後方から「コツン」と乾いた音がした。
小石が当たったような軽い音だった。振り返っても何も見えない。虫か枝だろうと自分に言い聞かせ、ペットボトルを口に当て、そのまま再び横になった。
次に目を開けたのは、午前四時半ごろだった。尿意に負け、外に出る。空はまだ青黒く、駐車場の端には霧が薄く溜まっていた。展望台の裏手に回り、草むらで用を足す。
そのとき、「バンッ」と大きな音がした。振り返ると、奥のトラックのドアが閉まったところだった。目が合い、軽く会釈を交わす。互いに眠りの残る顔だ。
車へ戻ろうとしたとき、街灯の外れに停めていたほうのトラックから、眼鏡の青年が降りてきた。年は俺と同じくらいだ。
「昨日、寝れなかったんじゃね?怖かったろ?」
唐突だった。「何がですか」と返すと、彼は本気で驚いた顔をした。
「気付いてねえのかよ。マジで?」
彼は言った。夜中、DVDを見終えて寝ようとしたとき、何気なく俺の車を見た。街灯の下に停まった普通車が珍しくて、気にしていたらしい。
ボンネットの上に、女が立っていた。
両手をつき、車体を押さえつけるような姿勢だったという。細く、髪が長く、スカートを履いていた。顔は影で見えなかった。最初は同乗者かと思ったが、俺の車に人が乗っている様子はなかった。
しばらくして視線を戻すと、今度は運転席の窓の横に移動していた。ガラスに手をつき、車内を覗き込んでいたらしい。
「やべえと思って、カーテン閉めたんだよ。そしたらさ、急にこっち向いたんだ」
彼の喉が鳴った。
「グイッて。俺のほう見た」
俺は笑い飛ばそうとしたが、彼の顔色は冗談ではなかった。半信半疑のまま車を見に行くと、ボンネットの先端がわずかに凹んでいた。指でなぞると、微妙にざらつく。
「こっちも」
彼が指差したのは、エンブレムの上。細い傷がいくつも走っている。爪か、小石の跡のようにも見える。
そのとき、奥のトラックから壮年の男が降りてきた。ゆっくり歩み寄り、俺たちを見て言った。
「女の話だろ」
二人で顔を見合わせると、彼は淡々と続けた。夜中、うとうとしていると、自分の窓の横に誰かが立っていた。じっと車内を覗き込んでいる。誰かの連れかと思い、気にしなかった。
やがて女は背を向け、歩き出した。そして自分のトラックの前に立ち、フロントガラスを見上げた。
「いやぃゃいやぃゃいやぃゃ」
彼は小さく、同じ言葉を繰り返した。
「そのあと?」と青年が訊く。
「気持ち悪くなって寝た」
あっさりした返事だった。
二人とも、この場所でそんなものを見たのは初めてだと言った。地元に長く住む俺も、そんな噂は聞いたことがない。
「どんな女だったんですか」
二人は同じ答えを返した。
「ガリガリで、髪が長くて、スカート」
そして、ほとんど同時に言った。
「お前の知り合いじゃねえの?」
心当たりはなかった。ただ、街灯の真下に停めたことだけが、妙に引っかかっていた。
その夜を境に、車中泊はやめた。怖かったからではない。ボンネットの修理代が思ったより高かったからだ。
だが、修理から戻ってきた車を見たとき、違和感があった。凹みはきれいに直っているのに、触ると同じ場所だけ、わずかに冷たい。金属の温度とは別の、皮膚の裏に残る感触のようなものがある。
それ以来、街灯の下に停まった車を見ると、無意識にボンネットに目がいく。
誰もいないはずの場所に、両手をつく余白があるかどうかを、確かめるように。
[出典:50 :本当にあった怖い名無し:2015/09/27(日) 02:10:49.02 ID:Nt/huOqn0.net]