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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

夜にだけ長くなるトンネル nc+

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Aの家は、I山の中腹にある。

俺の家はそのふもとだ。地図で見れば直線で五キロほどしか離れていない。だが実際に行くには、山をぐるりと回る道を使うしかなく、十キロ以上かかる。

泊まりに行く前日、Aに地図を広げてもらったとき、山をまっすぐ貫く一本の道が目に入った。
細い線で、途中に小さなトンネルの印がある。

「ここ、通れるんやろ?」
「ああ……通れるけどな。舗装もされてへんし、急やし、人も通らんで」

通れるなら十分だった。

その晩、家族にその道の話をした。両親は「そんな道あったんやねぇ」と笑っていたが、じいちゃんだけが黙ったまま地図を見ていた。

「あの坂はな、夜に通ったらあかん」

それだけ言った。
理由を聞いても、はっきりとは答えない。ただ「夜はあかん」と繰り返した。

坂は、この辺では《ヒトナシ坂》と呼ばれているらしい。

翌日、俺は昼間のうちにその坂を上った。
草は背丈より高く、左右の景色は見えない。だが山道にありがちな湿った暗さはなく、乾いた土が光を跳ね返していた。

途中に小さなトンネルがあった。
高さは二メートルほど。幅は車一台がやっと通れる程度。
七、八メートルほどしかない。向こう側の光がはっきり見えている。

そのまま通り抜けた。中はひんやりしていたが、すぐ外に出た。

Aの家で遊び、夕飯をご馳走になり、気づけば八時を過ぎていた。
九時から塾がある。遠回りでは間に合わない。

俺は坂を下ることにした。

夜のヒトナシ坂は、昼と同じ形をしていた。
同じ傾斜、同じ草、同じ一本道。

トンネルが口を開けている。

自転車のライトを点け、そのまま入った。
昼より暗いが、構造は同じはずだ。数秒で抜ける。

ペダルをこぐ。
こぐ。
こぐ。

出口が見えない。

七、八メートルしかないはずだ。昼は一瞬だった。
だがライトの先は黒いままだ。

止まってみる。
音がない。
自分の呼吸だけがトンネルの中で反響している。

振り返る。

入ってきたはずの入口もない。

一本道のはずだった。

自転車を押して進む。
壁を手で探る。ざらついたコンクリートの感触が続く。
曲がり角はない。

どれくらい歩いたかわからない。

ふと、前方に淡い光が見えた。
出口だと思った。

近づく。

それは、月明かりではなかった。
自転車のライトでもない。
トンネルの奥から、ぼんやりとこちらを照らしている光だった。

光の中に、何か立っている。

人の形に見える。
だが、距離が測れない。
近いのか遠いのかがわからない。

一歩下がる。

背中が何かに当たった。

振り向くと、そこにトンネルの出口があった。
昼間に見た、あの坂の入り口と同じ形。

俺は外へ飛び出した。

気がつくと、Aの家の前で倒れていたらしい。
どうやって戻ったのかは覚えていない。

じいちゃんは何も聞かなかった。
ただ一言だけ言った。

「夜に通るなと言うたやろ」

あのトンネルは、去年の土砂崩れで埋まったと聞いた。
もう通れないらしい。

昼間に通ったあの短いトンネルと、
夜に入ったあの長いトンネルが、本当に同じものだったのか。

今もわからない。

あの夜、俺が引き返したのは、
入口を見つけたからなのか。
それとも、最初から出口側に立っていたのか。

ヒトナシ坂は今もある。
昼間に通れば、ただの近道だ。

たぶん。

[出典:■■]

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