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未来人浮浪者 r+3426

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これから述べるのは、ムラ氏(仮名)から聞いた極めて不可思議な逸話である。

あの日、私はムラ氏の部屋で二人の男がいつものように酒を酌み交わしていた。古びた家具に囲まれた落ち着いた部屋だった。ムラ氏の机には、使い古された手帳やメモ帳が雑然と積まれ、彼の仕事の痕跡を物語っていた。窓の外からは、街灯がかすかに差し込み、我々二人の影を壁に映し出していた。

ムラ氏はフリーランスの社会派ライターで、各地の被差別部落や公園を巡り、ホームレスたちから彼らの過去について話を聞くことを生業としていた。なぜ彼らがそのような生活に至ったのか、その物語を集め、いずれ書籍にまとめる予定であったという。その情熱は彼の生活に根付いており、彼の部屋にある数々の資料や切り抜きからも、その一端が垣間見えた。

「でも、そんな簡単に彼らが口を開いてくれるものですか?」

私がそう尋ねると、ムラ氏はニヤリと微笑み、部屋の隅に転がっていた一升瓶を顎で指し示した。

「裏技があるんだよ」

酒と簡単なつまみを手土産として持っていくと、ホームレスたちも案外口が軽くなるというのだ。最初は警戒していた彼らも、酒が回り始めると次第に笑顔が見え、昔の失敗談や辛かった出来事などを語り出す者が多くなるらしい。ある者は涙を流しながら、ある者は酔った勢いで笑いながら、過去を振り返るのだという。

酒の力は古今東西、口を開かせるための特効薬であるらしい。ムラ氏が集めた話の中には、小さな町工場を経営していた者、農村から冬場の出稼ぎに来てそのままホームレスになった者、さらには家族との不和で家を飛び出した者など、様々な背景があったという。それぞれの人生には複雑な事情が絡み合い、誰一人として同じ道をたどった者はいなかった。

「興味深い経歴を持つ奴とか、いなかったんですか?」

私がそう問いかけると、ムラ氏はしばらく考え込むようにタバコに火をつけた。その顔は普段以上に真剣で、何か重要なことを思い出そうとしているかのようであった。もしかすると、彼の取材の中で見聞きした、他の事例と関連する何かを思い出していたのかもしれない。その瞬間、彼の目には遠くを見つめるような光があった。

「使えない話ってのがあってな……明らかに荒唐無稽なものとか、精神に異常をきたしている者の話だ」

ムラ氏は一度タバコの煙を深く吸い込み、そして静かに吐き出した。煙が空中でゆらめきながら広がる。彼は何かを決断したかのように、再び口を開いた。

「聞かせてくださいよ!」

私はもったいぶるムラ氏を急かした。彼の話はいつも興味深く、この時も何か特別な話が聞けそうな気がしていた。

「未来から来たという奴がいてな……天咲24年の未来から来たと話していた」

「未来人? 映画のような話ですね。どうやって未来から来たと?」

私は思わず笑い声を漏らした。堅実なムラ氏が語るには、あまりに荒唐無稽で突飛な話だ。普段の彼の真面目な性格からは想像できない内容だった。

「まあ、待て。あったあった……これだ、天咲24年」

ムラ氏が古びた手帳を取り出し、私に元号の文字を見せた。その瞬間、私の記憶は急に霞がかかったように途切れてしまった。不思議なことに、まるで何か外的な力が私の意識に干渉したような感覚があった。そして、次の記憶はムラ氏が手帳をめくりながら、その未来人について語っていた場面に飛んでいる。

「その時代の首相は、森ナニガシという女性で、歴代初の女性首相だそうだ」

「おお、遂に女性首相が出るんですね!」

「学校には通わず、コンピュータを通じて特別な授業を受けて育ったらしい」

「つまり未来では学校という制度が廃れているのですか?」

「そこまではわからん。話を聞いたような気もするが、はっきりとは覚えていない……俺も半信半疑で聞いていたからな」

ムラ氏は手帳のメモをさらにたどった。手帳には細かい文字でびっしりと書き込まれた記録があり、彼の徹底的な調査ぶりが見て取れた。

「未来では、大規模なアーケードのような建物の内部に、道路や公園、店舗、団地が全て揃っているらしい」

「屋外という概念がなくなるのでしょうか? 汚染などの理由で?」

「いや、これは都心部だけの話らしい。地方ではそこまでの整備は進んでいないようだ」

ムラ氏はさらにメモを見つめた。メモをたどる彼の指先は慎重で、何か大事な部分を見落とさないようにしているかのようだった。

「で、そいつは15歳のある日、突然この時代の代々木あたりに現れたと言っていた」

「随分と唐突なタイムスリップですね」

「彼は激しいパニックに陥り、警察に保護されたが、身元も分からず話も要領を得なかった。結局、逃げ出してしばらくの間、町の片隅で暮らしていたが、浮浪者の顔役に拾われて以来、18年ずっと公園で暮らしているのだそうだ」

「今33歳……まだ若いですね」

「彼は『戸籍が存在しないために働くことができない』と言っていたよ」

「未来人を騙っている、怠け者の若者ってやつですかね」

私たちはそう言って笑いあった。しかし、ムラ氏の表情には微かな陰りがあった。その陰りが、後に私に大きな疑念を抱かせることになる。

――それから5年後のことである。ある日、ムラ氏が血相を変えて私に電話をかけてきた。あの浮浪者に再び会いに行ったが、不良に襲われて彼は亡くなってしまったという。

「彼が言っていたことが、本当に起きたんだ……選挙制度に大きな変革があったんだよ。大スクープになるかもしれん」

ムラ氏の目は異様な光を宿していた。その勢いに押され、私は詳細を聞けなかった。その眼差しは、まるで何か重要な真実に触れた人間のようだった。

それが今でも悔やまれる。

というのも、その後、ムラ氏はとある事件を追っていて命を落としたからだ。彼は真実に近づきすぎたのかもしれない。そして、彼の遺体からも部屋からも、あの手帳はついに発見されなかった。

その手帳には一体何が書かれていたのだろうか? あの浮浪者の語った未来の出来事と、ムラ氏が最後に追いかけていた事件とが何か関係していたのかもしれないと考えると、謎は深まるばかりである。もしあのとき、もっと詳しく話を聞いていればと、今でも自分を責める気持ちが消えない。

ムラ氏が追い求めていたもの。それが一体何だったのか、私は知るすべを失った。

――了――

[出典:176 :未来予知スレから転載 1/3:2010/07/31(土) 22:24:42 ID:EHe8ix6E0]

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