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門を閉めない家 rw+4,400-0618

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うちでは、夜になっても門を閉めない。

泥棒よけにも物騒だし、何度か家族の中でも話に出たが、祖父はそのたびに「ミヤウチ様が出入りできなくなる」と言った。

ミヤウチ様は、うちの母屋に祀られている神様だ。

今私たちが暮らしている家とは別に、古い母屋が渡り廊下でつながっている。その奥の八畳間を丸ごと使って、祭壇がしつらえてある。小さな米俵が積まれ、縄が張られ、酒瓶が並び、袋のままの塩や、ビールやスナック菓子まで供えられている。

子どものころは、それが神様の場所だとよく分かっていなかった。

ある日、私は祭壇に供えてあったお菓子を食べた。悪いことをしている意識はあったと思う。食べ終わった袋をテレビの裏に隠したからだ。

もちろん、すぐにばれた。

父は本気で怒った。今思い出しても、あそこまで叱られたことはほかにない。私は泣きながら、母屋へ謝りに行かされた。

渡り廊下を歩く間も、ずっと泣いていた。

母屋は昼でも少し暗い。畳の匂いと古い木の匂いがして、奥の部屋に近づくほど空気が冷たくなるような気がした。

襖の前に立ち、手をかけた。

「ごめんなさい」と言うつもりだった。

襖を開けた瞬間、目の前に男の顔があった。

体は見えなかった。顔だけが、祭壇の暗がりからこちらを見ていた。大きな目で、髭が濃く、口元はほとんど分からなかった。年寄りのようにも見えたが、声だけは若かった。

男は私をじっと見て、ひと言だけ言った。

「泣くな」

その一言で、私はさらに泣いた。

逃げるように戻って両親に話すと、祖父だけが妙に喜んだ。

「見たか。ミヤウチ様を見たか」

そう言って笑っていた。

私は笑えなかった。それからしばらく、母屋の奥には近づけなかった。

うちでミヤウチ様を見たと言われているのは、私のほかには曾祖母だけだ。

曾祖母は亡くなる少し前まで、庭で妙なものを見た話をしていたらしい。夜中、ひどい臭いで目を覚ますと、庭を猿のようなものが走っていたという。犬ほどの大きさで、四つん這いのまま、首だけをこちらへ向けた。

それが曾祖母のいる部屋に近づいたとき、屋根の上から毛むくじゃらの大きな手が伸びてきて、その猿のようなものをつかんだ。

朝になると、ミヤウチ様の祭壇がめちゃくちゃになっていた。

曾祖父と祖父は、それを「守ってくれた」と言った。曾祖母も、そのあと少し体調が戻ったそうだ。

ただ、私はその話を聞くたびに、守ってくれたことより、屋根の上にいたもののほうを考えてしまう。

ミヤウチ様は、神社から分けてもらった格の高い神様だと聞いている。正式な名前もあるらしいが、難しい漢字で書かれていて、私は覚えていない。

祖父に来歴を聞いても、「貰ってきた、貰ってきた」と繰り返すだけだった。

何を、とは言わなかった。

普段、特別な儀式はない。正月に餅を供えるくらいで、あとは毎食、一膳だけ多くご飯をよそう。それを母屋の奥に持っていく。

その役目は、今は祖父がやっている。

いずれ家を継ぐのは、従兄ということになっている。三十二歳で独身だが、本人はそれをあまり気にしていない。人を笑わせるのがうまい男で、親戚が集まるとよく言っていた。

「俺はミヤウチ様の嫁になるんだよ」

みんな笑った。

私も最初は笑っていた。

けれど、去年の正月に聞いたときだけ、少し引っかかった。従兄はその冗談を言ったあと、笑わなかった。母屋のほうを見ながら、「まあ、向こうがもらってくれるならだけど」と小さく続けた。

その夜、祖父が体調を崩して、初めて従兄が一膳を運んだ。

戻ってきた従兄は、妙に静かだった。

「どうした」と叔父が聞くと、従兄は首を振って、「いや」とだけ言った。

そのあと、ふと思い出したように私を見た。

「お前さ、昔、あそこで泣くなって言われたんだろ」

私はうなずいた。

従兄は少し笑った。

「俺も言われた」

何を、と聞く前に、祖父が布団の中から「門は閉めるな」と言った。

それで話は終わった。

翌朝、母屋の奥に置いた膳が二つになっていた。

誰が増やしたのか、家族の誰に聞いても知らなかった。祖父だけは、布団の中で目を細めて「貰ってきたんだな」と言った。

それから従兄は、月に何度か母屋に泊まるようになった。

本人は「跡取りの練習」と言っている。冗談も言うし、仕事にも行くし、見た目には何も変わっていない。

ただ、母屋から戻る朝だけ、従兄は必ず門のほうから入ってくる。

渡り廊下でつながっているのに、わざわざ外を回ってくる。

理由を聞くと、従兄はいつもの調子で笑った。

「俺が閉め出されると困るから」

その言い方が、少しだけ変だった。

まるで閉め出されるのが、家の外ではないみたいだった。

[出典:488 本当にあった怖い名無し2009/06/08(月) 05:23:34 ID:d0Md1CfE0]

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