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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

葬式の三日後に追いかけてきた男 rw+5,258

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十一月になると、決まって思い出す夜がある。

高校三年の秋、私は受験に追われていた。理系なのに数学が伸びず、塾の自習室にこもっては焦燥だけを積み重ねていた。浪人は許されない。とにかく結果を出すしかない。そんな時期だった。

古典の選択授業で、文系の男子と席が近くなった。名前は貞男だったと思う。思う、というのは、今ではその響きすら本当にそうだったのか曖昧だからだ。

彼は、目立つタイプではなかった。ただ、距離の取り方が妙だった。自習室では空いている席がいくらでもあるのに、なぜか私の隣に座る。何も言わない。ただ、いる。視線を感じる。視界の端に、気配だけがある。

古典の授業では、必ず真後ろに座った。椅子の脚が、かすかに私の椅子に触れる。最初は偶然だと思った。だが、毎回だった。振り返ると、目が合う。そして、口元だけが、わずかに動く。笑っているのかどうか、よくわからない。けれど、見られているという感覚だけが、皮膚の内側に残る。

私は誰にも相談しなかった。大事にするほどのことではないと思ったし、何より時間が惜しかった。模試、過去問、判定。数字だけが現実だった。

十一月の土曜日、理系数学の授業が終わったのは夜だった。翌日は模試。頭の中は数式でいっぱいで、塾のビルを出た時も、まだ問題の解き直しをしていた。

少し歩いたところで、背中に冷たいものが走った。風でもないのに、首筋がざわつく。足を止めるほどではない。だが、消えない。五秒か六秒か、妙に長い。

振り向くべきか迷ったが、確かめずにいるほうが怖かった。

そこに立っていたのは、あの男子だった。

街灯の下で、輪郭だけが浮いている。顔の表情までは見えない。ただ、こちらを見ていることだけはわかった。足がすくむという感覚を、あのとき初めて知った。

私は走った。考える前に体が動いていた。大通りに出れば人がいる。光がある。そう思った。

信号は赤だった。普段なら待つはずなのに、その夜は立ち止まるという選択肢がなかった。横断歩道の手前で足を踏み出しかけた、そのとき。

背後から、歯が擦れる音がした。

カチ、カチ、と小さく始まり、やがて規則を失う。ぎり、と強く噛み締める音。人の口の中から出ていると理解するまでに、少し時間がかかった。

振り向いた瞬間、彼との距離はほとんどなかった。目だけが光を反射していた。怒りなのか、苦しみなのか、判断できない。ただ、こちらを見ている。歯を鳴らし続けながら。

声は出なかった。体も動かない。世界が、音だけになった。

通行人の気配で、ようやく現実が戻った。信号は青に変わっていた。私は横断歩道を渡り、そのまま駅まで走った。ホームに滑り込んできた電車に飛び乗り、ドアが閉まるまで後ろを見なかった。

それきり、塾で彼の姿を見ることはなかった。

受験が終わり、大学に進んだ。ある日、同じ学科の男子と出身高校の話になり、偶然あの名前が出た。

「ああ、あいつなら、秋に亡くなったよ」

受験のことで思い詰めていたらしい、と彼は言った。時期は十一月の初めだったと思う、とも。

「模試前だったから、よく覚えてる」

その言葉で、私はあの夜を思い出した。模試前の土曜日。路地。歯の音。

「いつ亡くなったの」と聞くと、彼は少し考え込んだ。

「はっきりは覚えてないけど、水曜か木曜だったかな。学校でも話題になってた」

日付を照らし合わせると、あの土曜日より前になる。

私は何も言わなかった。計算が合わないことも、路地での出来事も。

それからしばらくして、私は妙なことに気づいた。

十一月の夜、信号待ちをしていると、背後で歯が触れ合うような音がすることがある。振り返ると誰もいない。電車の中で、吊り革につかまっていると、視線を感じることがある。見回しても、ただの乗客しかいない。

気のせいだと自分に言い聞かせてきた。あの夜の恐怖が、形を変えて残っているだけだと。

けれど、今年の十一月、塾の前を通りかかったとき、ビルの壁に古い張り紙が貼られているのを見た。

「模試直前対策 土曜夜クラス」

あの時間帯だ、と瞬間的に思った。

ガラスに映った自分の背後に、誰かの影が重なった気がして、思わず振り向いた。もちろん、誰もいない。

それでも、首筋のざわつきだけは、あの夜と同じだった。

もし本当に、あの水曜に彼が亡くなっていたのだとしたら。

あの土曜日の路地で、私を睨み、歯を鳴らしていたものは、何だったのか。

そしてなぜ、私は今でも、十一月になると背後を気にして歩いているのか。

もしかすると、あの夜、信号が青に変わった瞬間、何かが私の側に渡ってきたのかもしれない。

そう考えると、十一月はまだ終わっていない気がする。

[出典:637 :2010/11/06(土) 18:39:53 ID:15gS1Xno0]

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