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爺さんの秘密 r+2186

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これは、大学の友人Aがしみじみと語ってくれた、家族の話だ。

Aの祖母は、数年前からボケが始まっていたが、徘徊や大声をあげるわけでもなく、ただ穏やかに寝たきりで日々を過ごしていた。

古びた大きな籐の椅子に横たわり、厚着して、赤ん坊のように微笑んでいる。それでもAは時折帰省するたび、祖母に「元気?」と声をかけ、祖母はいつも笑顔で「ありがとうございます」と丁寧に返してくれた。その返事は孫を認識しているものではなさそうだったが、彼にとっては可愛らしい祖母だった。

ある年の正月、久しぶりにAの父親の兄弟たちが一堂に会することになった。

長兄であるAの父親は、イギリス赴任から帰国した末弟に会えるとあって、前日から浮き足立っていた。家族総出で宴会の準備を整え、座卓を二つ並べて、その上座に祖母を据え、親族が集まって賑やかに新年の挨拶を交わした。

和やかなムードの中、Aの父は亡き祖父の物まねをして「気をつけぇ!」と大声で笑い、兄弟たちもそれを見てゲラゲラと笑っていた。

宴もたけなわの頃、Aはふと祖母が不機嫌そうに顔を曇らせ、ぶつぶつと小声で何かを呟いていることに気がついた。皆が祖母を無視しているから不機嫌なのかと思い、「婆ちゃん、大丈夫?」と声をかけるも、彼女はまるで別のものに集中しているかのように下を向いたままだった。

従兄弟たちも祖母の様子に気づき、ひそひそと「疲れたのかも」「そろそろ寝かせてあげよう」と話し合っていた。そこでAがカメラを持ち、皆で写真を撮ろうと祖母を囲んだ。

「はい、チーズ」

その瞬間、シャッターが切られた。

フラッシュが光った刹那、祖母の目がカッと見開かれたかと思うと、いきなり叫び声をあげた。

「シゲルー!この男じゃ、父様を殺したのは!」

指がAの父親を指し示し、揺れるように震えていた。シゲル、と呼ばれたイギリスから帰国した叔父も、その内容に一同も凍りついた。

祖母の言葉は狂気に満ちていた。

「こん男が父様を殺してお前を捨てたとぞ!こん男が!カワシマの藪で父様をうっ殺して、お前を捨てるようにおいに言ったと」

その眼はどこか異常で、奥底から引きずり出されたかのような怨念を帯びていた。泡をためた口で何度も繰り返す祖母の声に、一族はただ固まるしかなかった。凍りついた空気の中、祖母の叫びだけが続く。

「人殺し、人殺し!シゲル、許してくれ……」

Aの母親が慌てて祖母を部屋に戻そうとし、ようやく祖母は連れられていったが、振り返りざまに父親を睨みつけると「人殺し……」と、声は次第にかすれていった。


その後、Aが聞いたところによると、祖母はかつてとある地主の妻だったが、その地主は昭和の戦後、ある日藪の中で何者かに鉈で惨殺された。事件はうやむやのまま迷宮入りし、祖母はその後、現在の家の祖父と再婚したのだという。さらに祖父もまた、若くして突如心不全で亡くなったと聞く。

あの事件が示すものが、現実なのか、祖母の錯乱なのかはわからない。ただ、Aの父は一度もその件に触れず、翌年、祖母は静かに施設へと送られた。Aはそれ以来、家族が一堂に会することがなくなったという。

そして、最後の正月以来、Aの家ではもう、あの籐の椅子を誰も見ることはない。

これは、ある田舎の村に伝わる噂話にまつわるものだ。話を聞かせてくれたのは、その村にかつて住んでいた老人からだが、当時の風習や暗黙の掟を考えると、恐ろしい真実が潜んでいたとしてもおかしくないという。


アナザーストーリー

時は戦後間もない昭和の初め。この村には、大きな屋敷を構える地主の家があった。地主には妻と小さな息子がいたが、ある晩、地主が裏山の藪で斧のようなもので惨殺されているのが発見された。犯人は見つからず、事件は迷宮入りとなった。噂はたちまち広まり、村では「怨念に取り憑かれた地主の霊が藪をさまよっている」という話まで囁かれるようになった。

ほどなくして、その地主の後妻として現れたのが、戦後帰還したばかりの貧農の男だった。どこか覇気のない目をしたその男は、やがて地主の屋敷に入り、亡き地主の妻と再婚した。そして、その後妻にはすでに一人の幼い息子がいたが、なぜか他所の町へ養子に出されたという。

村の人々は表向きは祝福しながらも、心の底では何かが腑に落ちないと感じていた。戦後の混乱期、土地を失うかもしれないという恐怖は計り知れないものだったが、なぜ貧農の男がこれほどの財産を手に入れられたのか、明確な理由を知る者はいなかった。

時が流れ、地主の未亡人も年老いて認知症が進んだ。ある年の正月、村の一家が正月を祝い集まったその宴席で、後妻となった老婆が突如、激昂したように叫んだ。

「この男が、父様を殺したのはこいつだ……!カワシマの藪で、あの人を殺した……!」

指差す先には、その男がいた。そして彼の息子である長男は、凍りついたように身を縮めて老婆の言葉を受け止めていたという。誰もがその瞬間、ある考えを抱いた——老婆の初めの夫、あの地主の死の真相が、ここに隠されていたのではないかと。

やがて、老婆は施設に送られたという。村の老人たちの間では、「あの男は真実を知り、老婆が怯えるようになったのではないか」と今でも語られているが、あの藪で何が起こったかを知る者は、もうこの世にはいない。

ただ、村の外れにある藪には、今でも老人たちが足を踏み入れたがらないらしい。地主の家族の物語が、村の暗部に封じられたまま、静かに時を刻んでいるのだろう。

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