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中編 r+ カルト宗教 定番・名作怖い話

金曜には戸を開けるな rw+8,252-0406

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私が小学校五年生のとき、交通事故で両親を亡くし、祖父に引き取られた。

その日から、何を見ても色が薄かった。転校先でも口をきかず、授業が終われば一人で帰った。祖父は不器用な手つきで台所に立ち、よく鶏の唐揚げを作ってくれた。ステテコに腹巻のまま、真剣な顔で揚げ物をしている背中だけは、なぜか毎日きちんと覚えている。

六年になっても、私の時間だけ止まったままだった。

そのころ、クラスに一人、いつもからかわれている女子がいた。茶色がかった長い髪をした、目立つ子だった。白人の祖母がいるとか、父親が早くに死んだとか、母親が変な宗教に入っているとか、そういう話がいつもついて回っていた。

「外人」
「触ると祟られるぞ」

皆がそう言って笑っても、彼女はほとんど言い返さなかった。

ある日の昼休み、クラスの中心にいる男子が、彼女の持っていた小さな布のお守りを取り上げた。からかいながら頭の上で振り回して、周りは笑っていた。

彼女が小さな声で、「それはだめ、お父さんのだから」と言った。

その瞬間だけは、胸の奥で何かが切れた。

自分でも何をしたのかよく覚えていない。気がついたときには机が倒れ、相手は床に転がり、私はその上に馬乗りになっていた。誰かが叫び、椅子が倒れ、先生が飛び込んできた。教室の空気だけが白く鳴っていた。

その日、祖父が学校に呼ばれた。祖父は何度も頭を下げたが、帰り道では何も言わなかった。ただ、その夜の唐揚げは少し焦げていた。

翌日から、彼女はいじめられなくなった。代わりに、私の周りにはもっと人が寄らなくなった。

それでも構わなかった。

ある日、校門の外で彼女が待っていた。

「いっしょに帰ってもいい」

私はうなずいた。

それから毎日、朝も帰りも一緒になった。最初はほとんど話さなかったが、彼女は少しずつ、自分のことを話すようになった。母親のこと。祖母が焼いてくれた菓子のこと。父親のこと。私は彼女の前でだけ、前より少しまともに笑えた。

中学に上がっても、それは続いた。

ある日、私の部屋で彼女が急に聞いた。

「あのとき、どうして助けてくれたの」

私は「お父さんのだから」と言った彼女の声を思い出して、「俺も、父さんと母さんが」と言いかけたところで、急に涙が出た。止まらなかった。事故の前のことを、そのとき初めてまともに思い出した。彼女は黙って私の頭を抱いた。

そのとき、耳元で誰かが小さく笑った気がした。

彼女は何も言わなかった。

高校生になっても、私たちは付き合っていた。ただ、金曜日だけは会えなかった。彼女の家ではその日、宗教の集まりがあると言っていた。彼女は毎週、行くたびに少しずつ疲れた顔をしていた。

高校三年の秋、駅前の喫茶店で、彼女は泣きそうな顔で言った。

教団の教祖の身の回りの世話をする役に選ばれたのだと。名誉なことだと母親は喜んでいるが、自分は行きたくないのだと。

「私、あそこに行きたくない」
「行かせない」

そう言ったとき、自分の声が自分のものではない気がした。

家に帰って祖父に話すと、祖父は長く黙っていた。それから、ゆっくり立ち上がって押し入れを開け、ほこりをかぶった黒いスーツを出した。

「明日、わしも行く」

その言い方が、昔から決まっていた約束を口にしたように聞こえた。

翌日、祖父は珍しく髪をきれいに撫でつけ、私にも制服を着ろと言った。彼女のアパートに近づくにつれて、耳鳴りがひどくなった。玄関の前に立ったときには、音が高く張りつめて、鼓膜の奥を針でつつかれているようだった。

部屋に入ると、線香のにおいがした。

彼女の母親がいて、その隣に、男が一人座っていた。

私の父だった。

事故の日と同じ顔で、同じ背広を着て、静かに笑っていた。

驚かなかった。会いたかった、という気持ちだけが先にあった。

「今までよく頑張ったな」

父はそう言った。

声は確かに父のものだった。だが、口はほとんど動いていなかった。

私は泣いた。隣で彼女も泣いていた。彼女の母親も泣いていた。祖父だけが、座ったまま一度も父を見なかった。

何を話したのか、そこだけは曖昧だ。耳鳴りがやんで気がつくと、祖父が立ち上がっていた。

「もういい。帰るぞ」

彼女の母親は、何度も何度も頭を下げていた。彼女も泣きながらうなずいていた。

部屋を出る直前、私はもう一度だけ振り向いた。

父はもういなかった。

そのかわり、仏間でもない場所の壁際に、見覚えのない男物の革靴がきちんと揃えてあった。

帰り道、祖父は言った。

「見たか」

私はうなずいた。

「何を見た」

そう聞かれて、答えられなかった。

祖父はそれきり黙った。

その日を境に、彼女も母親も教団に行かなくなった。迎えの人間が何度か家まで来たらしいが、祖父が門の前に立つと、誰も敷地に入ってこなかったという。彼女はうちに来ることが増え、祖父とも自然に話すようになった。やがて結婚して、子どもも生まれた。

祖父はずっと生きていた。いつものようにステテコ姿でテレビを見て、気が向けば唐揚げを作り、孫の顔を見るたびに目を細めた。

ただ、一つだけ、おかしなことがあった。

祖父は、私の妻のことを一度も名前で呼ばなかった。

呼ぶ必要があるときは、いつも「あれ」とか「おまえさん」とか、それだけだった。最初は照れくさいのだと思っていたが、何年経っても変わらなかった。結婚式の日も、子どもが生まれた日も、名前だけはとうとう口にしなかった。

その理由を知ったのは、祖父が死んだあとだった。

遺品を整理していたとき、古い封筒が一枚、台所の引き出しの奥から出てきた。中には黄ばんだ写真が入っていた。

若いころの祖父が、見知らぬ夫婦と一緒に写っている写真だった。

その夫婦の男は、私の父にそっくりだった。

女のほうは、今の妻にそっくりだった。

裏には祖父の字で、短くこう書かれていた。

《金曜には戸を開けるな。名を呼ぶな。入ってくるから》

その日の夜、妻が台所でクッキーを焼いていた。甘い匂いが部屋に広がっていた。

居間では私の息子が、誰もいない仏壇の前で笑っていた。

「ひいおじいちゃん、また唐揚げつくってって」

私は立ち上がって、仏壇のほうを見た。

暗い板戸に、子どもと私のほかに、もう一人ぶん、腹巻のあたりだけ白く映っていた。

そのとき台所から、妻の声がした。

「ねえ」

振り向く前に分かった。

今まで一度も聞いたことがないほど、若い声だった。

「今日は金曜日だよ。まだ、開けてないよね」

[出典:780 本当にあった怖い名無し 2011/06/26(日) 20:01:41.28 ID:TXVIrBId0]

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