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欠番の客室 rw+4,355-0109

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都内のあのホテル。名前を聞けば誰でも知っている。

上品な内装に、行き届いた接客。格式だけが静かに積み重なったような場所だ。

母方の伯母と祖母が、そこに泊まる予定だった。二週間前から予約していたという話を、私は伯母本人から直接聞いている。母づてではない。伯母は日時も部屋の条件も、やけに具体的に覚えていた。

チェックインは夕方だった。仕事帰りの客で混み合うロビー。カウンターに立っていたのは、山岡と名乗る中年の女性だった。化粧も制服も完璧で、声の調子だけが妙に平坦だった。

「ご予約は入っておりません」

一瞬、空気が止まった。
祖母はその日、微熱があった。長距離移動の疲れも重なり、立っているのが辛そうだったという。伯母は頭を下げることも忘れ、言葉を荒らげた。

「名前も日付も間違っていません。どんな部屋でもいいから、今すぐ休ませてください」

山岡は端末を操作し、しばらく沈黙したあと、背後のモニターを見ながら言った。

「本日、キャンセルが一件出ております。1245号室でよろしければ」

それだけで十分だった。伯母は礼もそこそこに祖母の肩を抱き、エレベーターに向かった。

部屋は古かったという。ホテル全体の雰囲気から浮いていて、内装だけが何年も前に取り残されたようだった。換気をしても、湿った匂いが消えなかった。誰も使っていない場所の匂いだった。

祖母はベッドに横になったが、ほどなく吐き気を訴えた。伯母はフロントに連絡し、専属医師を呼んだ。現れたのは葉山と名乗る若い男で、白衣の皺だけがやけに目についた。

「風邪でしょう。市販薬で様子を見てください」

診察は短く、説明も少なかった。伯母は不安を抱えたまま、夜の街へ薬を買いに出た。タクシーを使い、ようやく見つけた薬局で薬を揃え、戻る途中、フロントで両替を頼んだ。

そのとき、薬の袋をカウンターに置いたまま立ち去ってしまった。

気づいてすぐ戻った伯母は、山岡に声をかけた。

「さっき、ここに薬を置いてきましたよね」

山岡は首を傾げた。

「いいえ、何もお預かりしておりません」

袋はなかった。誰かが持ち去った可能性も考えられた。だが、伯母が部屋番号を告げた瞬間、山岡の表情が変わった。

「1245号室は、本日ご利用の予定はございません」

その言い方は、確認ではなかった。断定だった。

混乱し、泣きそうになりながら伯母は周囲を見回した。ちょうどエレベーターから降りてきた葉山医師を見つけ、駆け寄った。

「さっき、祖母を診てくれたじゃないですか」

医師は困惑した顔で首を振った。

「本日はそのような診察は行っておりません」

言葉が通じなかった。否定されるたび、伯母の中で何かが薄くなっていく感覚があったという。

「部屋に戻ればわかる。祖母がいる」

伯母は半ば叫ぶようにエレベーターへ向かった。その腕を、山岡が静かに掴んだ。

「ご一緒いたします」

12階で降り、廊下を進んだ。1245号室の前に立ったとき、伯母はポケットに手を入れた。鍵がなかった。いつの間にか消えていた。

山岡がマスターキーで扉を開けた。

部屋は空だった。
荷物も、痕跡も、何一つなかった。
ベッドのシーツは張り替えたばかりのように整い、空調の音だけが規則正しく響いていた。

祖母はいなかった。

伯母はその場で崩れ落ち、声を上げて泣いたという。

それ以降の話は、病院で聞いた。伯母は入院し、同じことを何度も繰り返した。

「一緒に入ったの。確かに息をしてた。わたしの手を握ってた」

警察は事件性なしと判断した。監視カメラにも該当の映像は残っていなかった。予約記録も、医師の出動記録も存在しなかった。

祖母は、最初からそのホテルに来ていないことになった。

数年後、私はそのホテルを利用する機会があった。チェックインの際、何気なくフロア案内図を見た。12階には、1245号室がなかった。欠番だった。

フロントの女性に尋ねると、少しだけ言葉を選んで答えた。

「以前、構造上の理由で使用されなくなった部屋番号です」

それ以上は何も聞けなかった。

部屋がなかったのか。
人が消えたのか。
それとも、記録から消されたのか。

いまでも、あのホテルの前を通るたび、私は思う。
あのとき消えたのは、祖母だけだったのだろうか。

(了)

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