ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

三十二才のきよみちゃん~ドラえもんの未来 rw+1,583

更新日:

Sponsord Link

小学校三年生の頃のことだ。

まだランドセルの匂いが新しく、放課後は遊ぶことと空想することだけで毎日が埋まっていた。

きよみちゃんという女の子がいた。いつも一緒にいた。家を行き来して、互いの家の匂いまで知っているくらいの仲だった。私にとって唯一無二の友達だった。

あの日、私はきよみちゃんの家の台所のテーブルに並んで座り、二人でコロコロコミックを読んでいた。蛍光灯の光が少し黄色く、机の上の紙に落ちていた。ページからインクの匂いがした。

開いていたのはドラえもんだった。
ドラえもんがのび太に、不思議な絵本を渡す話だった。ケーキや車や家の絵を切り抜いて組み立てると、本物みたいに食べられたり、乗れたりするという道具。

私たちは夢中になった。

「これ、やってみよう」

画用紙を持ってきて、色鉛筆を並べ、ハサミを出す。
もちろん本物になるはずはない。それくらいはわかっていた。けれど色を塗りながら、紙を切りながら、心のどこかでは「もしかしたら」と思っていた気がする。

机の上は紙だらけになった。
窓の外が橙色に染まっていた。

帰る時間だった。

玄関まで見送ってくれたきよみちゃんが、急に言った。

「ぶるぶるちゃん。今日のこと、大人になっても忘れないで」

私はぽかんとした。
何を言っているのか分からなかった。

「なんで?」

きよみちゃんは少し黙ってから言った。

「今日の私、三十二才なんだ」

私は笑った。

「未来から来たの?」

きよみちゃんは首を振った。

「未来じゃない」

そう言って、少しだけ困った顔をした。

「二〇〇二年の私。三十二才」

意味がわからなかった。
子供の口から出るには変な言葉だった。

「ぶるぶるちゃんのこと思い出してたら、ここに来ちゃった」

私はふざけて言った。

「ドラえもんの道具?」

きよみちゃんは笑った。
でもその笑い方は、いつもの笑い方と少し違っていた。

「マンガみたいな未来じゃないよ」

その時の私は、それ以上聞かなかった。
そして「また明日ね」と言って家に帰った。

翌日、きよみちゃんは普通だった。
昨日のことは何も言わなかった。
私もすぐ忘れた。

そのまま何年か過ぎた。

五年生の時、私は引っ越した。
それ以来、きよみちゃんには会っていない。

――それから長い時間が経った。

二〇〇二年、私は三十二才になった。

ある日、突然あの日のことを思い出した。

玄関。
夕方の光。
きよみちゃんの声。

「今日の私、三十二才なんだ」

その言葉が急に現実味を持って胸に浮かんだ。

あれは何だったのだろう。

私はその後も転居を繰り返し、今は海外にいる。
きよみちゃんの所在は分からない。結婚して名字が変わっているかもしれない。探す方法もない。

ただ、時々思い出す。

あの頃、私は片親だった。
それを理由に他の親から露骨に距離を置かれることもあった。教師に「片親だから目つきが悪い」と言われたこともある。

そんな中で、きよみちゃんだけが普通に隣にいてくれた。

二週間ほど前、夢を見た。

夢の中に、きよみちゃんの家の台所があった。

六畳の居間につながる部屋。
緑の座椅子に座ってテレビを見ているお母さんの背中。
机の上のコロコロコミック。画用紙。色鉛筆。ハサミ。

全部あの日のままだった。

きよみちゃんがケーキの絵を描いている。
私は横でハサミを握って見ている。

夢の中で私は思った。
この場面を知っている。

そして、口を開いた。

「きよみちゃん」

きよみちゃんがこちらを見た。

私は言った。

「今日の私も、三十二才だよ」

きよみちゃんの顔が変わった。
驚いたような、泣きそうな顔になった。

「忘れなかったんだ」

そう言った。

私は何も言えなかった。

きよみちゃんはしばらく私を見て、それから小さくうなずいた。

「よかった」

そのあと、机の上の紙を見て言った。

「まだ作ってないね」

私は聞き返した。

「何を?」

きよみちゃんは、画用紙を指さした。

そこにはケーキの絵が描いてあった。

「これ」

そして言った。

「これ、まだ作ってない」

その言い方が妙に引っかかった。

まるで――これから本当に作る予定みたいだった。

私はそこで目が覚めた。

枕が濡れていた。

夢だったのだと思う。

けれど一つだけ、夢の中と違うことがあった。

朝起きて机を見ると、そこに一枚だけ紙があった。

白い紙だった。

何も描いていない画用紙だった。

でも、角が少しだけ丸く切れていた。

まるで、誰かがハサミで切り始めて、途中でやめたみたいに。

私はその紙を、まだ捨てていない。

[出典:107 :ぶるぶる:02/08/20 02:01]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.