小学生の頃、俺の地元には「お守りばばあ」と呼ばれる女がいた。
誰が最初にそう呼び始めたのかは分からない。ただ、その名前だけが、まるで最初から決まっていた役割のように町に定着していた。
夕方になると、必ず小学校の正門前に立っていた。真夏でも真冬でも、分厚い赤いコートを着込み、赤いフェルトの帽子を目深にかぶっている。帽子には大小さまざまなぬいぐるみが縫い付けられていて、遠目には花が咲いているようにも、腫れ上がった肉の塊のようにも見えた。
両腕は体の横にぴたりと添えられ、気をつけの姿勢のまま、ほとんど動かない。ただ近くを通ると、甘ったるく腐ったようなアンモニア臭が鼻にまとわりつく。子どもは皆、無意識に息を止めて通り過ぎた。
「お守り作ったけ、もらってくんろ」

決まって、その一言だけを繰り返す。感情のない声だった。怒っているわけでも、優しいわけでもない。ただ音として吐き出される言葉だった。
親や先生は口をそろえて言った。「関わるな」。理由は説明されなかった。ただ、まともじゃないから、という曖昧な一言で済まされた。
俺も、それに従っていた。
あの日が来るまでは。
転校生が来た。妙に肩肘を張ったやつで、俺たちのグループに無理に割り込もうとした。見下されたくない、仲間外れにされたくない。その必死さが、逆に鼻についた。
ある昼休み、そいつが聞いてきた。
「夕方、校門にいる赤いコートのばあさん、何なんだ?」
俺たちは顔を見合わせ、慎重に言葉を選んで話した。怖がらせるつもりはなかった。ただ、触れてはいけないものとして。
だが転校生は鼻で笑った。
「臆病だな。そんなババア、何が怖いんだよ」
その一言で、空気が変わった。
誰かが言った。「じゃあ、お守りもらって来いよ」。
仲間に入れてやる、という条件付きで。
放課後、俺たちは校門から少し離れた場所に固まり、転校生を押し出した。お守りばばあは、いつも通りそこに立っていた。
「お守り作ったけ、もらってくんろ」
転校生は何度も振り返った。泣きそうな顔だったが、俺たちが腕を組んでいるのを見ると、意を決したように近づいた。
「お守りください!」
叫ぶように言った瞬間、ばばあの首が、関節を無視した動きでこちらを向いた。帽子の奥から、底の見えない黒い目が転校生を捉えた。
「手作りだっけ、大切にしてくんろ」
赤い布袋が差し出される。転校生は震える手でそれを受け取った。
次の瞬間だった。
「ありがとな! 大切にしてくんろ! ありがとな! 大切にしてくんろ!」
声が割れ、何度も繰り返される。壊れた玩具のように、同じ言葉だけを吐き続ける。俺たちは悲鳴も上げられず、裏門へ逃げた。
校舎裏で息を整えたあと、誰かが言った。
「中、見ようぜ」
赤い袋の中には、紙が一枚入っていた。
『この子が早く死んで、敬子とあの世で遊んでくれますように』
震える文字だった。
下には「敬子が好きだったこと」。折り紙、一輪車、縄跳び。
最後に、赤字で。
『血まみれでこの子が死にますように』
転校生は声を上げずに泣いた。紙を握ったまま、体が小刻みに震えていた。
その時、後ろから髪を強く引かれ、転校生が地面に倒れた。
振り返ると、お守りばばあがいた。どうやって来たのか分からない。赤い帽子が揺れ、ぬいぐるみがぶつかり合い、鼻を突く臭気が押し寄せた。
「大切にしてくんろぉ……」
髪を掴み、振り回す。転校生の口から泡が溢れる。俺たちは泣き叫びながら、ばばあにしがみついた。
その後のことは、ところどころ曖昧だ。
気がつくと、ばばあはいなかった。誰が引き離したのかも覚えていない。教師がいた気もするし、いなかった気もする。
ただ確かなのは、それ以降、転校生は学校に来なくなったということだ。理由は聞かされなかった。いつの間にか、席も名前も消えていた。
お守りばばあも、校門に立たなくなった。
だが、それで終わらなかった。
俺は今でも、夕方になると、あの言葉を思い出す。
「お守り作ったけ、もらってくんろ」
たまに、ポケットの奥に、赤い布の感触がある気がする。
取り出しても、何もない。
それでも、なぜか捨ててはいけない気がして、確かめるのをやめる。
あのお守りは、誰のものだったのか。
敬子は、誰だったのか。
今も、分からないままだ。
[出典:811 :本当にあった怖い名無し:2014/02/14(金) 00:53:31.00 ID:33gKkBRC0]