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四十九日まで動かすな rw+2,829-0201

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死んだ祖父の話だ。

いや、あれが本当に「死んだ」と言っていいのかどうか、今でも判断がつかない。

祖父は八十四歳で息を引き取った。戦後の焼け跡を生き延びた世代で、背中には色の抜けた不動明王の刺青があった。昔から口数の少ない男で、何を考えているのか分からないまま、家族の中に存在していた。若い頃の話を自分からすることは一度もなかった。

晩年は半分壊れたような状態で、家の奥の一室で寝たり起きたりを繰り返していた。怒鳴ることもなく、徘徊もせず、介護らしい介護はほとんどなかった。ただ、食べる量が少しずつ減り、顔色が紙のように薄くなっていった。

世話は主に俺の嫁がしてくれていた。祖父は嫁に対してだけは不思議と素直で、頼み事も命令口調にはならなかった。

それがある春の朝のことだ。台所でパンを焼いていると、パタン、と襖の音がした。振り返ると、祖父が立っていた。

背筋が伸びていた。ここ数年見たことがないほど、真っ直ぐに。

何年か前に戻ったみたいだった。歩き方も、目の焦点も、昔の祖父そのものだった。

「鏡を買ってきてくれ」

それだけ言った。

意味が分からず聞き返すと、首を振って続けた。

「庭に据えるやつだ」

庭に鏡。その発想自体が異様だったが、祖父の目は冗談を言っている人間のものではなかった。澄んでいて、どこか切迫していた。

「あれが、入ってこようとしてる」

ぽつりと、そう言った。

何が、とは言わなかった。問い詰めても祖父は黙ったまま、庭の方を見ていた。

その日の帰り、俺は近所のホームセンターで五十センチ四方の鏡を買った。壁掛け用の、ごく普通の鏡だ。

夜になり、祖父はそれを抱えて庭に出ようとした。転ばれても困るので、俺が手を貸した。

うちは田舎の家で、庭は無駄に広い。敷石が門まで続き、その両脇に松やツツジが植わっている。祖父は敷石を外れ、ベランダの正面を指して「ここだ」と言った。

言われるまま穴を掘り、石で支えて鏡を立てた。嫁は眉をひそめていたが、祖父は鏡の前に立ち、長い時間、自分の顔を映していた。やがて小さく頷き、何も言わず家に戻った。

それから祖父の日課が増えた。夕方になると庭に出て、鏡を布で磨く。雨の日も、風の日も欠かさなかった。寒い日には指先が震えていたが、それでも止めなかった。

数日後、「常夜灯を置け」と言い出した。夜でも鏡がよく見えるように、と。

理由は言わなかった。ただ、「暗いと、間違える」とだけ言った。

照明を設置してから、夜の庭は妙な場所になった。鏡の前だけが淡く照らされ、周囲の闇が余計に濃く見えた。

何かが起きるわけではなかった。少なくとも、俺たちにはそう見えた。

やがて祖父は寝たきりになり、病院に入った。意識は混濁し、会話は成立しなくなった。

最期の夜、祖父は突然目を開け、酸素マスクを自分で外した。驚いて近づく俺に、はっきりとした声で言った。

「鏡を、動かすな」

一息置いて、続けた。

「俺の四十九日が終わるまでだ」

それが最後の言葉だった。

葬式を終え、四十九日が過ぎた。ようやく鏡を片づけようと庭に出ようとしたとき、嫁が俺の袖を引いた。

「ねえ、あの鏡……」

声が震えていた。

数日前の夜、洗濯物を取り込みに庭へ出たときのことだという。鏡の前に、人影があった。

女だった。見覚えのない女が、地面を這うように近づいてきた。服は擦り切れ、頭には古いスカーフを巻いていた。時代がずれているような格好だった。

女は鏡の前で止まり、ゆっくりと顔を上げた。鏡を覗き込んだ瞬間、短く悲鳴をあげ、その場から消えた。

嫁は「追い返されたみたいだった」と言った。

俺は冗談だと思おうとしたが、嫁の顔色は冗談ではなかった。

それから一ヶ月、鏡はそのままにした。何も起きなかった。

ようやく撤去する決心をして、鏡を裏返したとき、支えにしていた石の下から古い五円玉が出てきた。黒ずんでいて、触ると湿った匂いがした。

祖父の若い頃の写真を探したが、どこにもなかった。親戚に訊いても、昔のことはあまり話さなかったと首を傾げるだけだった。

嫁は、庭の女の格好が戦後すぐの歌手みたいだったと言った。祖父が若かった頃の時代だ。

その夜、寝室でふと目が覚めた。窓の外に、何かの気配を感じた。カーテンを少しめくると、鏡があった場所の土が、不自然に盛り上がっているように見えた。

翌朝、スコップで掘ってみた。何も出なかった。

ただ、土の中で何かに触れた気がした。硬くも柔らかくもない、輪郭のはっきりしない感触だった。

それ以来、庭には近づいていない。

祖父が何をしていたのか、今も分からない。守っていたのか、閉じ込めていたのか、あるいは呼び寄せていたのか。

分かっているのは、祖父が死んだあとも、あの場所が終わっていないということだけだ。

もう二度と、鏡は置かない。
たとえ誰が望んだとしても。

[出典:54 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2017/09/12(火) 18:09:06.28 ID:kaCSdF3u0.net]

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