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白い鯉のいる洞窟 r+1,788

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うちの父方の家系は、出雲地方で代々神主を務めていたらしい。

そういう血筋のせいか、幼い頃から不思議なものがよく見えていた。特に白い人。透明でぼんやりとした……だけど輪郭ははっきりしていて、あれが人でないことだけは直感で分かった。

初詣に行くと、人々は決まって本殿に向かって手を合わせるけど、あれが子供の頃はとても奇妙に見えた。
自分には、本殿の奥の大木の上に白い人が立っているのが見えていた。白装束の、性別も年齢も分からない存在だったけど、確かにそこにいた。見下ろしているのではなく、なぜか俺たちを見守っているような、そんな立ち方だった。
「なんでみんな、あっちに向かって手を合わせるんだろう。こっちに神さまはいるのに」
子供ながらに、そんな疑問を抱いていた。

季節が春になると、野に咲く草花の一つひとつに、小指の先ほどの白いお爺ちゃんが座っていて、目が合うと笑いかけてきた。
そして、必ず口許に指を当てて「しー」と静かにするよう合図してくる。
だから俺も、黙って笑い返すようにしていた。誰にも話さなかった。話してはいけないことだと、白いお爺ちゃんたちの態度から察していた。

だけど、大人になるにつれて白い人を見ることはなくなった。
いつの間にか、見えなくなっていた。それは当然のようでもあり、少し寂しくもあった。

そんな俺が再び白い人と出会ったのは、数年前のことだ。健康のために始めた早朝ウォーキング。毎日同じ道ばかりでは退屈で、ある日、神社や寺を巡るコースに変えてみた。

今住んでいるのは川崎の住宅地で、割と神社も多く、小高い山なんかもある。ある日、いつものように山を登って、違う道を降りてみたら、今まで気づかなかった小さな神社を見つけた。
崖に囲まれた少し開けた場所。祠がぽつんと建っていて、案内板によれば、合戦で亡くなった兵士たちや、水神、弁財天が祀られているらしい。干ばつのとき、名士の息子がここで雨乞いをして本当に雨が降ったという逸話もあった。

祠の裏に、岩場が崩れてぽっかり空いたような、洞窟の入口があった。正面からは見えず、少し覗き込まないと分からないような場所だ。
細いけれど奥行きがありそうで、中には澄んだ水が溜まっていた。朝の光がまだ差し込まないその水面は、どこまでも静かで、まるで時間が止まったようだった。

ひんやりした空気が流れてきて、真夏なのに汗がすうっと引いた。
何となく覗き込んだそのとき、水面の奥から、白い影がゆらりと浮かび上がってきた。

最初は見間違いかと思った。
でも、それは確かにこちらに向かって泳いでいた。ゆっくり、まっすぐに。

大きな白い鯉だった。
こんな色の鯉は初めて見た。体中が雪のように白くて、鱗も、目も、輪郭も、すべてが淡くぼやけているのに、なぜかこちらの存在を正確に認識しているように見えた。

その鯉は、俺のいる岩場のすぐ近くでピタリと動きを止め、頭をこちらに向けてじっとしていた。
俺も動けなかった。何かを試されているような、あるいは、見透かされているような感覚が全身を締め付けていた。

ふいに、頭の上から視線を感じた。

水神……鯉……いや、それ以外の何かがいる。

崖の上を見上げると、そこに白い和服の女が立っていた。
長い髪で顔はほとんど隠れていたが、年配の女だった。婆ともおばさんともつかない、どこか人間離れした風貌。
まるで空気の中に浮いているような存在感で、俺のことを、真っ直ぐに見下ろしていた。

背筋が凍った。
いや、実際に体温が下がっていた。先ほどまで引いていた汗がまた噴き出した。
今度の汗は、冷や汗だった。

「すいませんっ……」

反射的にそう言って頭を下げた。
住民の誰かかもしれない。祠の裏なんて不躾な真似をしてしまった。
でも、思考のどこかでは分かっていた。
あれは人じゃない。

和服の女が立っていた場所は、急斜面の崖。あんなところに立てるはずがないし、あの時刻――早朝五時――に、あんな格好で崖の上に立っている理由がない。

白い鯉と、白い女――どちらも白かった。
俺の知っていた「白い人」たちと違う。
あの人たちは優しかった。微笑んで、言葉もなく、ただそこにいるだけだった。
でも、あの崖の上の女は違う。全身から滲み出る、押し潰すような圧力。
まるで、見るだけで心臓を握り潰されそうな、そんな冷たい存在感。

全力で家に帰った。気がついたら滝のように汗をかいていて、息も切れ切れだったけど、何とか無事だった。
家の玄関を閉めた瞬間、どっと脱力して、しばらくその場で膝から崩れ落ちた。

その日から、俺はもう早朝ウォーキングをやめた。
あの山には二度と近づいていない。
あの神社も、洞窟も、二度と行く気にならない。
ただ、今でもときどき、あの白い鯉と、あの崖の上の女の姿が夢に出てくる。
夢の中で、俺はまた、あの水面を覗き込んでいる。

思えば、あの時――白い人たちが草花に座って笑っていた頃、あの指を唇に当てるしぐさには別の意味があったのかもしれない。
「見てはいけないものがある」「言ってはいけないことがある」
そういう忠告だったのかもしれない。

……そう思うと、今でも、心臓の奥がぞわりと冷える。

[出典:767 :本当にあった怖い名無し:2008/08/18(月) 15:11:47 ID:6sDUDPQUO]

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