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何度降りても四階に着く会社のエレベーター rw+2,700-0429

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怖い話というより、今でもエレベーターに乗る前に、階数表示を見てしまうようになった話だ。

某県のS市で働いていた頃、俺の勤めていた会社は、駅から少し外れた古い雑居ビルの四階に入っていた。壁は煤け、雨の日になると窓の隙間から細い風が入った。床は妙に硬く、夜に歩くと、自分の足音だけが廊下の奥で一拍遅れて返ってくる。

そのビルには、よくない噂があった。

トイレの個室から、誰もいないのに水を流す音がする。消したはずの照明が勝手に点く。深夜、給湯室の前で誰かが立っている。そんな話を何度か聞いた。

入社して三日で辞めた新人もいた。

理由を聞くと、トイレの一番奥の個室に、黒い影がずっと立っていたという。ドアの下から足が見えたのではない。個室の中ではなく、閉まったドアの表面に、影だけが人の形で貼りついていたらしい。

俺は、そういう話をあまり信じていなかった。

信じていないというより、自分には関係がないと思っていた。霊感などないし、残業で夜遅くなることも多かったが、足音も影も見たことがない。怖がる同僚を見て、内心では少し大げさだと思っていた。

その日は、同僚のTと二人で残業していた。

時計は二十二時を少し過ぎていたと思う。フロアの蛍光灯は半分ほど消されていて、窓の外には向かいのビルの非常灯だけがぼんやり映っていた。

「帰るか」

Tがそう言った。

俺もパソコンを落とし、机の引き出しを閉めた。Tは自分のデスクに置いていた青いマグカップを軽くすすいで、給湯室の棚に戻した。いつもの動作だった。俺はそれを見ていた。

二人で事務所の鍵を閉め、エレベーターホールへ向かった。

そのビルにはエレベーターが二基あったが、片方は十年以上前から停止中だった。残る一基も古く、ボタンの脇の金属板は手垢でくすみ、階数表示のランプはよく点滅していた。

Tが下向きのボタンを押した。

しばらくして、壁の奥から低い音が近づいてきた。ゴウン、と古い機械が息を吐くような音がして、扉が開いた。

中には誰もいなかった。

俺とTは乗り込んだ。Tが一階のボタンを押した。扉が閉まり、箱がゆっくり沈みはじめる。足の裏に、あの独特の浮く感じがあった。耳も少し詰まった。

だが、階数表示は「4」のままだった。

「表示、壊れてるな」

俺が言うと、Tは返事をしなかった。

顔を見ると、Tは扉の隙間をじっと見ていた。エレベーターの扉は閉まっている。隙間などない。それでもTは、そこに何か見えているような顔をしていた。

箱が止まった。

扉が開いた。

四階だった。

目の前に、さっき出てきたばかりの廊下があった。右手にはうちの会社の扉。左手には非常階段へ続く短い通路。壁の汚れも、天井の蛍光灯のちらつきも、見慣れた四階そのものだった。

「おい、なんだこれ」

Tが笑った。だが、その笑い方はおかしかった。音だけを口から出したような笑いだった。

「もう一回押してみるか」

俺はそう言って、一階のボタンを押した。今度は自分で押した。ボタンは点灯した。

扉が閉まる。

また沈む。

足裏の感覚もある。内臓が少し遅れて落ちるような、あの感じもある。だから、動いていないはずがなかった。

表示は、やはり「4」のままだった。

Tは黙っていた。俺も黙っていた。機械音だけが、箱の上の方から降ってきた。

やがて止まった。

扉が開いた。

また四階だった。

ただ、少しだけ違っていた。

会社の扉が開いていた。

さっき俺が鍵をかけたはずの扉が、十センチほど開いている。中は暗い。だが、コピー機の液晶だけが青白く光っていた。

俺は、背中が冷たくなった。

「鍵、閉めたよな」

そう言うと、Tは俺を見なかった。

「戻るな」

それだけ言った。

Tが先にエレベーターを降りた。俺も降りた。だが、会社の中には入らなかった。廊下の空気が、さっきと違っていた。人のいない夜のビルの空気ではない。人がたくさん通ったあとのような、ぬるく湿った匂いがした。

俺たちは非常階段へ向かった。

そのとき、背後でエレベーターの扉が閉まる音がした。

振り返ると、階数表示は「4」のまま光っていた。

一階まで階段で降りた。Tは一言も話さなかった。外へ出ると、夜風が妙に生ぬるかった。春でも夏でもない時期だったのに、肌に貼りつくような風だった。

ビルの外で、俺はようやく息をついた。

「明日、総務に言おう」

そう言うと、Tがこちらを見た。

「お前、何の話してるんだ」

俺は意味が分からなかった。

「エレベーターだよ。四階に戻っただろ」

Tは、しばらく俺の顔を見ていた。

「俺、階段で降りたぞ」

その言い方が、冗談ではなかった。

俺は笑おうとした。だが、声が出なかった。

Tは続けた。

「お前がエレベーター乗るの見たあと、嫌な感じしたから階段で降りた。下で待ってたら、お前も階段から降りてきた」

「一緒に乗っただろ」

「乗ってない」

「マグカップ、棚に戻してたよな」

「戻してない。今日は使ってない」

その場で、それ以上話せなかった。

翌朝、総務にエレベーターの件を報告した。業者が来て点検したが、異常はなかった。運行記録も正常だった。四階から一階へ、一度だけ移動した記録が残っていたという。

一度だけ。

俺が覚えている二回分の降下は、どこにも残っていなかった。

Tはその日、会社に来なかった。

翌日も来なかった。

三日後、退職の連絡があった。実家の都合ということになっていた。送別会もなかった。彼の机はきれいに片づけられていて、私物は一つも残っていなかった。

ただ、給湯室の棚に、青いマグカップがあった。

Tがいつも使っていたものだった。

俺はそれを見つけたとき、総務に言おうとした。だが、やめた。誰に何を言えばいいのか分からなかった。Tは、あの日は使っていないと言っていた。俺は、Tがすすいで棚に戻すところを見た。

そのどちらが本当なのか、今も分からない。

それから俺は、会社にいる間ずっと階段を使った。四階まで上がるのは面倒だったが、エレベーターには乗れなかった。あの箱に入ると、また四階に戻る気がした。

いや、戻るだけならまだいい。

あのとき、俺と一緒に乗っていたTが、本当にTだったのか。

そこを考えると、どうしても足が止まった。

数年後、俺は別の会社に転職した。S市からも離れた。あのビルが今もあるのかは知らない。調べれば分かるのかもしれないが、調べたくない。

ただ、今でも古いエレベーターに乗ると、必ず階数表示を見る。

数字がちゃんと動いているか。

扉が開いた先が、本当に降りるはずの階か。

それから、もうひとつ。

一緒に乗っている人が、さっきまで隣にいた人と同じかどうか。

たいていは、何も起きない。

けれど一度だけ、別のビルで、階数表示が消えたことがある。

そのとき中にいた見知らぬ男が、俺の方を見て、こう言った。

「四階で降りるんでしたよね」

俺は、行き先のボタンを押していなかった。

[出典:49 :本当にあった怖い名無し:2022/03/10(木) 11:14:52.71 ID:InC4UuMw0.net]

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