二十年以上前のことになる。
実家の納屋には、奥へ入ってはいけない場所があった。
納屋といっても、今の人が想像するような整った物置ではない。土壁はところどころ崩れ、梁には古い煤がこびりつき、雨の日には濡れた藁と錆びた鉄の匂いが混ざって、胸の奥に重く残った。床は板張りではなく土間で、踏むと足裏に湿った冷たさが上がってくる。
入口に近いところには農具や肥料袋が置かれていた。そこまでは入ってもよかった。けれど、奥に積まれた木箱の向こうだけは駄目だった。
祖父は理由を言わなかった。
ただ、私が小さいころ、ふざけて木箱の隙間へ潜り込もうとしたことがある。そのとき、祖父は私の腕を強くつかんだ。普段は声を荒げない人だったのに、そのときだけは低い声で言った。
「そこから先は、よそのもんが通るところだ」
よそのもの、ではない。祖父は確かに、よそのもん、と言った。
私はその意味を知らなかった。ただ、その言い方だけが妙に耳に残った。
私の実家は、山に抱え込まれるような古い集落の外れにあった。舗装の途切れる細道を抜けた先に、田んぼと桑畑と、ぽつぽつ建つ古い家がある。夜になると街灯はほとんどなく、家の明かりの届かないところから先は、ただ黒く沈んでいた。
夏休みになると、朝は集会所の前でラジオ体操があった。小学二年生のとき、隣の家に都会から孫が二人遊びに来ていた。姉弟だったと思う。姉のほうは私より少し上で、弟のほうは少し下だった。
名前は覚えていない。
覚えていないのに、白い靴下と、妙にきれいな半袖シャツだけは覚えている。うちの集落の子どもは、夏になるとみんな膝に泥をつけ、爪の間を黒くして走り回っていた。だから、その二人はやけに浮いて見えた。
最初の何日か、私たちはほとんど口をきかなかった。ラジオ体操が終わると、私は家へ戻り、二人は隣の家へ帰った。それだけだった。
変なことが起きたのは、八月の朝だった。
体操が終わって家へ戻ると、納屋の戸が少し開いていた。中から、乾いた土を払うような音がした。
覗くと、あの二人が納屋の中にいた。
姉のほうが先に出てきた。顔は笑っていたが、頬が妙に白かった。弟のズボンには土がついていて、片方の靴が脱げかけていた。

私は驚いて言った。
「なんでうちにいるの」
姉は、少し考えるような顔をしてから言った。
「トンネルを抜けたら、ここだった」
弟も後ろからうなずいた。
「暗かった。ずっと歩いた」
私は笑った。
そんなもの、あるわけがない。納屋の奥には木箱と壊れた農具があるだけだ。裏へ抜ける戸もないし、床は土間で、穴なんて見たことがない。
けれど二人は、ふざけているようには見えなかった。
姉の手には、小さな黒い泥がこびりついていた。爪の間ではない。指の腹に、何かをつかんだように薄く残っていた。弟は私の顔を見ず、納屋の奥ばかり見ていた。
そこへ祖父が来た。
「何をしとる」
祖父は最初、いつもの顔だった。けれど二人を見て、納屋の奥を見て、それから隣のじいさんの名前を呼んだ。声が少し掠れていた。
隣のじいさんがすぐに来た。走ってきたのだと思う。息を切らしていた。
二人の話を聞いた途端、隣のじいさんは何も言わなくなった。祖父と目を合わせた。その目を、私は今でも覚えている。
驚いた目ではなかった。
見つかった、という目だった。
祖父と隣のじいさんは、私たちを外へ出した。納屋の戸を閉め、中でしばらく何かを動かしていた。木箱を引きずる音、土をならす音、何か重いものを置く音がした。
やがて二人が出てきたとき、祖父の手には鍬があった。隣のじいさんの額には汗が浮いていた。
祖父は私に言った。
「ここにはもう入るな」
隣のじいさんは、都会から来た二人に向かって言った。
「帰るぞ」
その言い方が変だった。
隣の家へ帰るという感じではなかった。どこか遠いところへ戻すみたいな声だった。
その日の午後、納屋の戸には外から太い釘が打たれた。完全に閉めたわけではない。入口に近いところだけは使えるように、戸の半分だけを固定していた。奥へ行けないよう、米袋と壊れた箪笥が積まれた。
その夜、祖父は納屋の入口に灰を撒いた。
何かのまじないかと聞くと、祖父は「ネズミよけだ」と答えた。けれど翌朝、その灰の上には足跡があった。
子どもの足跡だった。
外から中へではない。
中から外へ向かって、三つだけついていた。
夏が終わる前に、二人は都会へ帰った、と聞いた。
見送りはしなかった。いつ帰ったのかも知らない。気づいたときには、隣の家の縁側から子どもの声が消えていた。
それから長い間、私はそのことを忘れていた。
忘れていたというより、思い出さないようにしていたのだと思う。納屋の奥へ近づくと胸がざわついたが、祖父の言いつけを守っていれば何も起きなかった。大人たちもその話をしなかった。
祖父が亡くなったあと、実家の片づけを手伝うために帰省した。
納屋はまだ残っていた。戸の釘は錆び、米袋は破れて、中身はもう土のように固まっていた。奥に積まれた木箱も、昔と同じ場所にあった。
母は「危ないからやめなさい」と言ったが、私はどうしても確かめたくなった。
木箱を一つずつ動かした。土埃が舞い、古い藁の匂いが鼻についた。奥の土間は、他の場所より少し黒ずんでいた。穴はなかった。板もなかった。ただ、そこだけ土が妙に固く、踏むと空洞の上に立っているような軽い音がした。
私はしゃがみ、手で土を払った。
何か薄いものが埋まっていた。
引き抜くと、古いラジオ体操のカードだった。湿気で紙は波打ち、角は崩れかけていた。私の名前が、子どもの字で書いてあった。
その下に、知らない名前が二つ並んでいた。
私はしばらく動けなかった。
都会から来た二人の名前かと思った。けれど違和感があった。二つの名前は、私の筆跡に似ていた。似ているというより、私が書いたとしか思えなかった。小学二年生のころの、力の入りすぎた丸い字だった。
カードの裏を見ると、鉛筆で短く書かれていた。
トンネルを抜けたらここだった。
その字も、私の字だった。
私はすぐにカードを折り、ポケットへ入れた。母には何も言わなかった。木箱を戻し、納屋を閉めた。
その晩、母にそれとなく聞いてみた。
「昔、隣のじいさんのところに、都会から孫が二人来てたよね」
母は台所で手を止めた。
「いつの話」
「私が小二の夏」
母は少し考えたあと、首をかしげた。
「あの家に、孫なんかいたかしら」
私は笑ってごまかした。
「いたよ。ラジオ体操に来てた」
母はそれ以上、何も言わなかった。ただ、流し台の前でしばらく黙っていた。そして小さな声で、
「そういう話は、お父さんにしないほうがいい」
と言った。
父はもう寝ていた。
私はその夜、なかなか眠れなかった。二階の部屋で横になっていると、外から納屋の戸がきしむ音がした。風だと思った。そう思うことにした。
翌朝、納屋の前に行くと、戸は閉まっていた。
ただ、土間の入口に、薄く土が落ちていた。誰かが濡れた足で歩き、乾いたあとに残るような跡だった。
大きさは子どもの足ほどだった。
それは納屋の中から出て、母屋のほうへ向かっていた。途中で消えていた。ちょうど、私の部屋の下あたりで。
私はその日に実家を出た。
古いラジオ体操のカードは、今も持っている。処分しようと何度も思ったが、捨てられない。捨てると、あの二つの名前がどこへ戻るのか分からないからだ。
今でも、あの二人の顔を思い出すことがある。
白い靴下。土のついたズボン。納屋の奥を見つめる弟。笑っているのに、少しだけ怯えていた姉。
けれど、名前は思い出せない。
思い出せないのではなく、最初から知らなかったのかもしれない。
最近になって、もっと嫌なことに気づいた。
私はあの朝、二人が納屋から出てきたところを見たと思っていた。ずっと、そう記憶していた。
でも、本当にそうだっただろうか。
私が見たのは、二人が出てくるところではなく、納屋の前に立っている二人だったのではないか。
そして、二人は私にこう言ったのではなかったか。
「トンネルを抜けたらここだった」
そのとき二人が見ていたのは、納屋ではなかった。
私のほうだった。
[出典:2 :本当にあった怖い名無し:2013/10/20(日) 21:38:28.89 ID:HSAP9tpb0]