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短編 r+ 洒落にならない怖い話

出口はここだった rw+8,071-0429

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二十年以上前のことになる。

実家の納屋には、奥へ入ってはいけない場所があった。

納屋といっても、今の人が想像するような整った物置ではない。土壁はところどころ崩れ、梁には古い煤がこびりつき、雨の日には濡れた藁と錆びた鉄の匂いが混ざって、胸の奥に重く残った。床は板張りではなく土間で、踏むと足裏に湿った冷たさが上がってくる。

入口に近いところには農具や肥料袋が置かれていた。そこまでは入ってもよかった。けれど、奥に積まれた木箱の向こうだけは駄目だった。

祖父は理由を言わなかった。

ただ、私が小さいころ、ふざけて木箱の隙間へ潜り込もうとしたことがある。そのとき、祖父は私の腕を強くつかんだ。普段は声を荒げない人だったのに、そのときだけは低い声で言った。

「そこから先は、よそのもんが通るところだ」

よそのもの、ではない。祖父は確かに、よそのもん、と言った。

私はその意味を知らなかった。ただ、その言い方だけが妙に耳に残った。

私の実家は、山に抱え込まれるような古い集落の外れにあった。舗装の途切れる細道を抜けた先に、田んぼと桑畑と、ぽつぽつ建つ古い家がある。夜になると街灯はほとんどなく、家の明かりの届かないところから先は、ただ黒く沈んでいた。

夏休みになると、朝は集会所の前でラジオ体操があった。小学二年生のとき、隣の家に都会から孫が二人遊びに来ていた。姉弟だったと思う。姉のほうは私より少し上で、弟のほうは少し下だった。

名前は覚えていない。

覚えていないのに、白い靴下と、妙にきれいな半袖シャツだけは覚えている。うちの集落の子どもは、夏になるとみんな膝に泥をつけ、爪の間を黒くして走り回っていた。だから、その二人はやけに浮いて見えた。

最初の何日か、私たちはほとんど口をきかなかった。ラジオ体操が終わると、私は家へ戻り、二人は隣の家へ帰った。それだけだった。

変なことが起きたのは、八月の朝だった。

体操が終わって家へ戻ると、納屋の戸が少し開いていた。中から、乾いた土を払うような音がした。

覗くと、あの二人が納屋の中にいた。

姉のほうが先に出てきた。顔は笑っていたが、頬が妙に白かった。弟のズボンには土がついていて、片方の靴が脱げかけていた。

私は驚いて言った。

「なんでうちにいるの」

姉は、少し考えるような顔をしてから言った。

「トンネルを抜けたら、ここだった」

弟も後ろからうなずいた。

「暗かった。ずっと歩いた」

私は笑った。

そんなもの、あるわけがない。納屋の奥には木箱と壊れた農具があるだけだ。裏へ抜ける戸もないし、床は土間で、穴なんて見たことがない。

けれど二人は、ふざけているようには見えなかった。

姉の手には、小さな黒い泥がこびりついていた。爪の間ではない。指の腹に、何かをつかんだように薄く残っていた。弟は私の顔を見ず、納屋の奥ばかり見ていた。

そこへ祖父が来た。

「何をしとる」

祖父は最初、いつもの顔だった。けれど二人を見て、納屋の奥を見て、それから隣のじいさんの名前を呼んだ。声が少し掠れていた。

隣のじいさんがすぐに来た。走ってきたのだと思う。息を切らしていた。

二人の話を聞いた途端、隣のじいさんは何も言わなくなった。祖父と目を合わせた。その目を、私は今でも覚えている。

驚いた目ではなかった。

見つかった、という目だった。

祖父と隣のじいさんは、私たちを外へ出した。納屋の戸を閉め、中でしばらく何かを動かしていた。木箱を引きずる音、土をならす音、何か重いものを置く音がした。

やがて二人が出てきたとき、祖父の手には鍬があった。隣のじいさんの額には汗が浮いていた。

祖父は私に言った。

「ここにはもう入るな」

隣のじいさんは、都会から来た二人に向かって言った。

「帰るぞ」

その言い方が変だった。

隣の家へ帰るという感じではなかった。どこか遠いところへ戻すみたいな声だった。

その日の午後、納屋の戸には外から太い釘が打たれた。完全に閉めたわけではない。入口に近いところだけは使えるように、戸の半分だけを固定していた。奥へ行けないよう、米袋と壊れた箪笥が積まれた。

その夜、祖父は納屋の入口に灰を撒いた。

何かのまじないかと聞くと、祖父は「ネズミよけだ」と答えた。けれど翌朝、その灰の上には足跡があった。

子どもの足跡だった。

外から中へではない。

中から外へ向かって、三つだけついていた。

夏が終わる前に、二人は都会へ帰った、と聞いた。

見送りはしなかった。いつ帰ったのかも知らない。気づいたときには、隣の家の縁側から子どもの声が消えていた。

それから長い間、私はそのことを忘れていた。

忘れていたというより、思い出さないようにしていたのだと思う。納屋の奥へ近づくと胸がざわついたが、祖父の言いつけを守っていれば何も起きなかった。大人たちもその話をしなかった。

祖父が亡くなったあと、実家の片づけを手伝うために帰省した。

納屋はまだ残っていた。戸の釘は錆び、米袋は破れて、中身はもう土のように固まっていた。奥に積まれた木箱も、昔と同じ場所にあった。

母は「危ないからやめなさい」と言ったが、私はどうしても確かめたくなった。

木箱を一つずつ動かした。土埃が舞い、古い藁の匂いが鼻についた。奥の土間は、他の場所より少し黒ずんでいた。穴はなかった。板もなかった。ただ、そこだけ土が妙に固く、踏むと空洞の上に立っているような軽い音がした。

私はしゃがみ、手で土を払った。

何か薄いものが埋まっていた。

引き抜くと、古いラジオ体操のカードだった。湿気で紙は波打ち、角は崩れかけていた。私の名前が、子どもの字で書いてあった。

その下に、知らない名前が二つ並んでいた。

私はしばらく動けなかった。

都会から来た二人の名前かと思った。けれど違和感があった。二つの名前は、私の筆跡に似ていた。似ているというより、私が書いたとしか思えなかった。小学二年生のころの、力の入りすぎた丸い字だった。

カードの裏を見ると、鉛筆で短く書かれていた。

トンネルを抜けたらここだった。

その字も、私の字だった。

私はすぐにカードを折り、ポケットへ入れた。母には何も言わなかった。木箱を戻し、納屋を閉めた。

その晩、母にそれとなく聞いてみた。

「昔、隣のじいさんのところに、都会から孫が二人来てたよね」

母は台所で手を止めた。

「いつの話」

「私が小二の夏」

母は少し考えたあと、首をかしげた。

「あの家に、孫なんかいたかしら」

私は笑ってごまかした。

「いたよ。ラジオ体操に来てた」

母はそれ以上、何も言わなかった。ただ、流し台の前でしばらく黙っていた。そして小さな声で、

「そういう話は、お父さんにしないほうがいい」

と言った。

父はもう寝ていた。

私はその夜、なかなか眠れなかった。二階の部屋で横になっていると、外から納屋の戸がきしむ音がした。風だと思った。そう思うことにした。

翌朝、納屋の前に行くと、戸は閉まっていた。

ただ、土間の入口に、薄く土が落ちていた。誰かが濡れた足で歩き、乾いたあとに残るような跡だった。

大きさは子どもの足ほどだった。

それは納屋の中から出て、母屋のほうへ向かっていた。途中で消えていた。ちょうど、私の部屋の下あたりで。

私はその日に実家を出た。

古いラジオ体操のカードは、今も持っている。処分しようと何度も思ったが、捨てられない。捨てると、あの二つの名前がどこへ戻るのか分からないからだ。

今でも、あの二人の顔を思い出すことがある。

白い靴下。土のついたズボン。納屋の奥を見つめる弟。笑っているのに、少しだけ怯えていた姉。

けれど、名前は思い出せない。

思い出せないのではなく、最初から知らなかったのかもしれない。

最近になって、もっと嫌なことに気づいた。

私はあの朝、二人が納屋から出てきたところを見たと思っていた。ずっと、そう記憶していた。

でも、本当にそうだっただろうか。

私が見たのは、二人が出てくるところではなく、納屋の前に立っている二人だったのではないか。

そして、二人は私にこう言ったのではなかったか。

「トンネルを抜けたらここだった」

そのとき二人が見ていたのは、納屋ではなかった。

私のほうだった。

[出典:2 :本当にあった怖い名無し:2013/10/20(日) 21:38:28.89 ID:HSAP9tpb0]

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