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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

押し出された男 nc+

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先日、車で人を轢きそうになった。

正確に言うと、「人が飛び出してきた」のではない。

押し出された。

その違いに気づいたのは、すべてが終わってからだ。

その日は、特別なことは何もなかった。
仕事帰り、夜の一般道を走っていた。
人通りは少なく、街灯もまばら。
片側一車線で、スピードを出すような道でもない。

少し先の左側を、男性が歩いているのが見えた。
年齢は分からないが、若くも老けてもいない。
フラフラしている様子もない。
ただ、普通に歩いている。

「横を通過するだけだな」
そう判断して、特に警戒もせず進んだ。

その瞬間だった。

男性が、突然こちらの車線に飛び出してきた。
――いや、違う。

前に突き出されるように、体ごと放り出された。

そう見えた。

本人の意思で一歩踏み出した動きじゃない。
後ろから強く押されたみたいな、不自然な前傾。
足が地面を蹴っていない。
上半身だけが、こちらに投げ出される。

「やばい!」

反射で急ブレーキを踏み、クラクションを鳴らした。
タイヤが悲鳴を上げ、車体が大きく沈む。
心臓が喉まで跳ね上がった。

ギリギリで止まった。
ほんの数十センチ。
もし反応が一瞬遅れていたら、確実に轢いていた。

男性は道路の中央で立ち尽くしていた。
目を見開き、完全に動揺している。

俺はすぐに車を降り、男性のもとへ駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

それしか言葉が出なかった。
男性は、息を荒くしながら、意味のない言葉を繰り返した。

「え……いや……え……あの……」

混乱している。
こちらを見ているが、焦点が合っていない。
それよりも奇妙だったのは、男性の視線が何度も元いた場所に戻ることだった。

何かを確認するように。
あるいは、恐れているように。

俺も、釣られてそちらを見た。

そこは、ただの道路脇だった。
ガードレールもない、歩道と車道の境目。
街灯が一つ、少し離れた位置に立っている。

だが――
視界が、変だった。

はっきり歪んでいるわけじゃない。
だが、焦点が合わない。
空気が揺れているような、
見てはいけないものを目の端で捉えたような感覚。

「ぐにゃっ」としている。

目を凝らすほど、気持ち悪くなる。
遠近感が狂う。
距離が測れない。

男性は、震える声で言った。

「……すみません……すみません……」

何に対しての謝罪なのか分からない。
俺に、なのか。
それとも、あそこに対してなのか。

しばらく話をしたが、男性に怪我はなかった。
俺も警察を呼ぶべきか迷ったが、
大事にしたくないという気持ちが勝った。
男性も同じだったようで、何度も頭を下げて去っていった。

最後まで、男性はあの場所を気にしていた。

車に戻り、発進しようとしたが、
どうしても気になって、もう一度だけ道路脇を見た。

やはり、変だ。

何かが「ある」わけではない。
人影もない。
物体もない。

だが、そこだけが不安定だった。
現実が、うまく固定されていない感じ。

俺は、そこで初めて理解した。

あの男は、自分で飛び出してきたんじゃない。
あの場所から、押し出された。

押した「何か」は、
道路の外側にいたのではない。
道路と世界の境目、そのものに。

あそこは、
人が立ってはいけない地点だった。

その夜、家に帰っても、
頭からあの歪みが離れなかった。
テレビを見ても、風呂に入っても、
視界の端に、あの「ぐにゃっ」が残る。

もし俺が、あの男を轢いていたら。
警察が来て、実況見分をして、
事故現場としてあの場所を調べていただろう。

そのとき、
本来そこにいないはずの何かに、
誰かが気づいてしまったかもしれない。

それが、
事故より怖いことだったのではないか。
そんな考えが、ふと浮かんだ。

それ以来、夜道を走るとき、
歩行者だけでなく、
「歩行者が立っている場所」を見るようになった。

人じゃない。
場所だ。

歪んでいる地点。
現実が、うまくはまっていない地点。

そこに人が立っていたら、
減速する。
場合によっては、車線を変える。

轢きたくないからじゃない。
押し出される瞬間を、もう一度見たくないからだ。

[出典:353:名無しさん@おーぷん:18/01/21(日)19:08:30 ID:dEf]

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