ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

呼ばれ方 rw+1,872-0118

更新日:

Sponsord Link

小学生の頃、近所に〈アイ〉と呼ばれている中年の男がいた。

誰も本名を知らなかった。
彼はいつも同じ声を発していた。「あいっ」。それだけで十分だった。

午後三時すぎ。ランドセルの列が商店街を流れ始める頃になると、ギシギシ音を立てるママチャリが現れる。カゴは空っぽ。ベルはなく、代わりに錆びた笛がハンドルにぶら下がっている。口で吹いているわけではない。風を受けると勝手に鳴る。

ひゅうっ、という音に、遅れて「あいっ」という声が重なる。遠くからでも分かった。その音を聞くと、なぜか背中が冷えた。

アイは低学年の男子にだけ近づいた。
突然、ぎゅっと抱きつく。逃げる暇はない。猫が跳びかかるみたいだった。
怒鳴らない。殴らない。むしろ嬉しそうに、「大丈夫、大丈夫」と繰り返す。何が大丈夫なのかは分からなかった。

三年生になると、狙われなくなった。
四年生になると、視界にも入らなくなった。
こちらが気づいても、向こうは何も見えていないみたいだった。

ある日、仲の良かったカズキが聞いた。
どうして女の子にはしないのか、と。

アイは少し考えてから、真面目な顔で答えた。
「それはね、来ちゃうから」

何が、とは言わなかった。
けれど、こちらは分かってしまった。
それまで「変な人」で済ませていた感覚が、音を立てて崩れた。

それでも、誰も通報しなかった。
学校も、親も、知っていたはずだ。
ただ、深く関わらなかった。「知らない人にはついていくな」と言うだけだった。

夏の夕方、用水路で遊んでいた。
全長五十メートルほど。普段は浅いが、場所によって急に深くなる。

下級生のユウキが足を滑らせた。
コマが倒れるみたいに横転して、そのまま沈んだ。

その瞬間、声がした。

「だいじょおおぶっ」

どこから来たのか分からない。
アイが走ってきて、水の中に飛び込んだ。
自転車は放り出され、笛の音だけが遅れて鳴った。

跳んだ。
まっすぐだった。

ズンッ、と鈍い音。
水が跳ね、泡が立ち、姿が消えた。

誰かが小さく言った。
頭を打ったのかもしれない、と。

泡はしばらく浮かんでいたが、やがて止まった。

ユウキは自分で岸に上がった。
びしょ濡れだったが、泣いていなかった。

「水、飲んだだけ」

手には、金色のボタンが握られていた。

その日を境に、アイはいなくなった。
ママチャリも、笛の音も、声も。

大人たちは好きなことを言った。
実家に帰ったとか、どこかに入ったとか。
確かなことは何もなかった。

しばらくして、下流で男の遺体が見つかったという噂を聞いた。
新聞には載らなかった。
名前も出なかった。

それが誰だったのか、決めたのは俺たちだ。

何十年も経った。
俺はいま、あの町には住んでいない。

先日、久しぶりに帰省して、用水路を見に行った。
水は干上がり、底が見えていた。

立ち止まって覗き込むと、こちらを見返すものがある気がした。

風が吹いた。
どこかで、ひゅうっ、と音がした。

耳元で、

「あいっ」

声がした。

振り返っても、誰もいなかった。

ただ、なぜか分かった。
年齢は関係ない。
あそこに近づく理由があるかどうか、それだけだ。

そう思った瞬間、自分が何を探してここに来たのか、分からなくなった。

[出典:450 :本当にあった怖い名無し:2021/12/16(木) 00:37:17.67 ID:KEDCB7VP0.net]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.