田舎での記憶というのは、どこか夢とうつつの境を彷徨っていて、ふと思い出すたびに足元が軋むような感覚をおぼえる。
これから語るのは、俺がまだ小学生だった頃の話だ。今にして思えば、あれは人間の仕業だったのか、それとも、もっと別の何かに触れてしまったのか、答えはずっと出ていない。
当時の俺たちは、四人でつるんでいた。
俺と、兄貴分のS、その弟のM、そしてSM兄弟の従兄弟にあたるK。
遊び場は決まっていた。立ち入り禁止の山の中にある寂れた神社だ。地元じゃ「吊るし神社」って呼ばれていた。理由は単純で、あの大きな木で首を吊る奴がたまに出るからだ。
もっとも、俺たちの頃は長らくそんな噂もなかったし、話半分に聞いていた。
それよりも、その神社に時折「賽銭」が置かれていたことの方が、俺たちにとっては重要だった。誰が置いているのかは知らない。ぽつんと五百円玉や千円札が、無造作に転がってる。
リーダーのSはそれを見つけては盗み、駄菓子やおもちゃを買ってみんなに分けてくれた。盗みって意識はあまりなかった。子どもだったからじゃない。罪悪感より、好奇心と仲間意識が勝っていた。それだけだ。
けれど、ある日を境に賽銭はぱったりと見つからなくなった。最初は運が悪いだけかと思っていたが、月が変わる頃にはSがぽつりとこう言った。
「絶対、あのおっさんのせいや」
何の話だと顔を見合わせる俺たちに、Sは神社から下る途中、山の反対側から登ってくる男を見たと言い出した。しかも、その男は神社に入るわけでもなく、ただじっとそこに佇んでいたのだと。
「幽霊じゃない。普通のおっさんや。でも、俺が賽銭盗ってんの見たから、それ以来置かなくなったんや」
次の日、俺たちは「おっさん探し」を決行する予定だった。けれど、運悪く梅雨が始まり、外へ出ることができなくなった。
それからまもなくして、Sが学校を休みはじめた。風邪だとMは言っていたが、どうにも様子がおかしい。Mによると、Sは発熱も咳もなく、ただ体中に赤いブツブツができて外に出られないのだという。
俺とKは見舞いに行った。Sは元気そうで、俺たちが持っていったお菓子をむさぼるように食べていた。
でも、帰る間際、Sが妙なことを口にした。
「チクったやろ」
最初は何の話か分からなかった。でもすぐにわかった。Sは、誰かが賽銭泥棒の件を大人に密告したと疑っていた。
誰がチクったのか。問い詰めるまでもなかった。弟のMが、黙って俯いていた。
それから、俺たちの四人組は自然と分裂した。俺とK、SとM。学校でも口をきかないようになった。
しばらくして、教師から呼び出しをくらった。S、M、俺、K。それぞれの担任が並ぶ前で、俺たちは問い詰められた。
「お前ら、空き家に入り込んだな?」
耳を疑った。空き家?
俺は賽銭泥棒の件だと思っていたから、その言葉に背筋が冷たくなった。Kも、Mも、Sも口を閉ざした。
混乱の中、Mが突然泣き出した。
「俺君は関係ない。Kも……直接は……」
それだけ言って、また黙り込んだ。俺とKはすぐにその場から解放されたが、何も知らされていないのは俺だけだった。帰り道、Kが重い口を開いた。
「あいつ……S、一人で山に登ったらしい」
雨の日だった。俺たちが遊びのことを忘れかけていた頃、Sだけはあのおっさんの正体を探すと言って、山の反対側を探索していた。
そこで、空き家を見つけたのだという。
「Sは、そこに“宝石”があるって言ったらしい」
KはMから聞いた話を、ぽつりぽつりと語り出した。
その空き家の奥の部屋の床には、なぜか砂利が敷き詰められていたという。
Sはそれを「宝石」と呼び、Mの手に無理やり握らせて、取り乱したように集めていたのだと。
「宝石や……宝石や……!」
Mは怖くなって逃げ帰り、父親に全てを話した。Sは連れ戻されたが、その日から様子がおかしくなった。
ポケットに詰め込んだ“砂利”を机に並べ、
「金持ちのおっさんとバイオリン習う」
「次はKにも教える」
と、ブツブツ言い出したという。
Sの母親は……正直、言葉にするのも恐ろしい。
Sを裸にして風呂場で冷水を浴びせ、タバコの火で肌を焼いた。
「除霊」と称して、夜な夜な暴力を繰り返した。
「Mだけ除霊しても意味がない。Kも祟られている」
そう言って、Kの家にも怒鳴り込んできた。
Kは言った。
「Sが、最後までお前の名前だけは出すなって言うてた」
お前を巻き込みたくなかったんや、と。
そう聞かされたとき、俺は涙が止まらなかった。
ただの悪ガキだったSの、あの時の真意がやっとわかった。
バカみたいだと思っていた宝石集めも、おっさん探しも、全ては「何か」に取り憑かれたような、自分でも制御できない衝動の結果だったのかもしれない。
あの空き家が何なのか、何が起きていたのか、結局何一つ分からずじまいだった。
ただ、その後――SとMは祖母に引き取られ、例の母親は村を追われた。
Kから聞いた話では、祖母の家も火事で焼けたらしい。タバコの火の不始末というが、誰もそうは思っていない。
SM母は、最後に油揚げを咥えて近所の家を回り「お狐様の化身じゃ……」と笑っていたそうだ。
もう、何が人間で、何が祟りなのか分からない。
ただ言えるのは、あの日、俺たちが触れてしまったものは、確かにこの世界の裂け目だったということだ。
[出典:542 :本当にあった怖い名無し:2022/02/06(日) 15:37:48.71 ID:Zy5GsjIa0.net]