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牛の森 r+3314

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俺の地元には「牛の森」と呼ばれる森がある。

なぜそう呼ばれるのか?森の奥から、夜でも昼でも、いつでも牛の鳴き声が聞こえるからだ。

これは噂なんかじゃない。ほんの戯言だと思うかもしれないが、あの森の近くを歩くと確かに牛の低い唸り声が耳に残る。俺も何度も聞いたことがあるし、地元の誰もが知っている。子供の頃から大人たちは「牛の森には近づくな」と口を酸っぱくして言っていた。

牛の森にはいろいろな話があった。森の奥には秘密の牧場があるとか、黄金の牛が棲んでいるとか。そんな噂も相まって、好奇心旺盛なガキどもが森に入っては迷子になり、学校や地域で騒ぎになったりした。だが、大人たちが見回りや注意喚起をしてくれたおかげで、迷子になる子供もだんだんと減っていった。

ところが、俺が小学五年生の夏、ある奇妙な噂が聞こえてきた。「牛の森に猿が住み着いたらしい」。猿なんて今まで見たこともなかったから、俺たち子供は興味津々で、放課後になると何度も森の周りを探検しに行った。

ある日、友達といつものように自転車で森の周りをぶらついていると、ついにその猿を見つけた。猿は俺たちに気づくと、細い枝にぶら下がり、ニヤニヤ笑いながら左手で「おいでおいで」をしている。俺も友達も面白半分で、「すげえ、あの猿!」と大興奮で自転車を降り、猿の誘いに乗って牛の森に入っていった。

猿は木から木へと軽々と飛び移り、俺たちがついてきているのを確認するたびに「おいでおいで」を繰り返した。その仕草がどこか人間臭くて、俺たちは夢中で追いかけてしまった。気づけばすっかり森の奥深くに入り込んでいた。

ようやく猿が立ち止まり、俺たちの前に現れたのは小さな牧場だった。広さは公園くらいで、周囲は密な木々で囲まれ、木漏れ日がぼんやりと差し込む不思議な空間だった。牧場には古びた柵があり、柵の中には四頭の牛が静かに佇んでいた。その一角に小さな小屋が建っている。俺も友達も、この隠れた場所に息を呑んだ。

しばらく見惚れていると、急に猿がキーキーと鋭く鳴き出した。びっくりして振り返ると、小屋のドアが軋む音を立ててゆっくり開き、そこから老婆が顔を覗かせた。小さく丸まった体に細い手足、体を覆うような灰色の布をまとったその姿は、遠目にはまるで猿そのものに見える。老婆はにこにこと笑みを浮かべ、猿と同じように「おいでおいで」と手招きしてきた。

俺は不思議とその手招きに惹かれ、歩み寄ろうとした。しかし、横にいた友達が急に怯えた顔をして、俺を引っ張りながら「逃げよう」と小声で言った。何が起こったのか、理由がわからず目の前を見つめると、老婆の右手には、血の滴る牛の首がぶら下がっていた。まるでそれが当然のことのように、ニコニコと微笑んでいる。

俺は友達の手を振り払い、その場から無我夢中で走り出した。足元は悪く、周りは木々に囲まれ、転びそうになるたびに自分を奮い立たせた。後ろから追いかけてくる気配がして、振り返りたい衝動に駆られるが、今もし振り向いたら、老婆が微笑みながら牛の首を振りかざし、こちらに包丁でも持って迫ってくるのではないかという想像が浮かび、恐ろしくて振り返ることができない。

先を走る友達が、耐えきれなくなったのか、ふと振り返った。俺もつられて後ろを見たが、そこに老婆の姿はなかった。代わりにあの猿が、木の上からこちらを見下ろし、キーキーと甲高い声で威嚇している。木の枝から枝へ飛び移り、こちらを追いかけてくるが、手出しはしない。ただ、俺たちをからかうように追い回し、木の影からじっと見ている。

やがて俺たちは、さっきの牧場の広場へと戻ってきてしまった。なぜここに戻ってしまったのか頭が混乱し、友達も「どうしてだよ…」と泣き出しそうな顔をしている。もう一度、今度は俺が先に走り出すが、走る先にもまた猿が現れ、右側の木に飛び移りながらキーキーと鳴いて追いかけてくる。

何度も走ったが、行く先々であの牧場へと戻されてしまう。とうとう俺たちは息が上がり、動けなくなった。頭の中は、もうダメだという気持ちでいっぱいになり、友達と視線を交わした。その時、どこからか微かな声が聞こえてきた。

「おーい、そこにいるのか?」

俺たちはその声に希望を見出し、声のする方に向かって全力で走り出した。やがて森の入り口付近に、顔見知りのおじさんが立っているのが見えた。俺たちは泣きながらおじさんにしがみつき、事情を話す暇もなく、ただ「助けて」とだけ繰り返した。おじさんによれば、俺たちの自転車が森の入り口に放置されていたため、心配して声をかけていたという。

俺たちが森を抜けると、背後から再び猿のキーキーという鳴き声が響いてきた。振り向くと、あの猿が木の枝にぶら下がりながら、またもや「おいでおいで」と手招きをしている。おじさんが「オラァ!」と一喝すると、猿は驚いたように姿を消した。

家に戻ってから、俺たちは家族にも話したが、誰も本気にしてはくれなかった。学校で友達に話すと噂はすぐに広まったが、その話が伝わるたびに、俺たちが老婆に焼肉をご馳走になっただの、猿にボディブローを食らわせたなど、意味不明な話に変わってしまった。

それ以来、俺は牛の森には二度と近づいていない。あの牧場と老婆、そして猿の正体は今でもわからないままだ。ただ時折、遠くで聞こえる牛の声が、俺にあの夏の日を思い出させるのだ。

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