中学一年の六月、梅雨が明けた直後の、空気が肌に貼りつくような日だった。
課外授業で、近くのガマへ行くことになった。バスで数十分。エンジン音に紛れて教師が何か話していたが、内容はほとんど頭に入らなかった。窓から吹き込む熱風が、言葉を溶かしていた。車内は妙に静かで、誰も笑わなかった。
現地に着いた瞬間、湿気を含んだ熱が一気にまとわりついた。長袖長ズボンの体操着の中で汗がたまり、皮膚が密閉されていく感じがした。息を吸うと、土と石と古い水の匂いが舌に残る。
私は列の後ろのほうを歩いていた。足の遅い者、顔色の悪い者、虫が怖いと小声で騒ぐ者、その横に保険医。砂利道を踏むたび、靴底が乾いた音を立てる。
ガマは急な坂の上にあった。入口は黒い裂け目のようで、岩肌がむき出しになっている。整備された形跡はなく、奥は光を拒むように暗かった。教師が転ぶなと言っていたが、言われなくてもわかる。足を滑らせれば、戻れなくなる場所だ。
前の人の肩をつかみ、数列になって中へ入る。光源は教師の懐中電灯だけだった。足を踏み入れた瞬間、ぬるく湿った空気が鼻と口を塞いだ。小さな羽音が耳元をかすめ、首筋が粟立つ。
進むほどに光は弱くなり、外の音は消えた。聞こえるのは呼吸と足音だけ。空間が縮み、内側から押し返してくるような圧迫感があった。ここが空洞だという感覚が消え、巨大な生き物の腹の中に入っているようだった。
やがて座るよう指示され、岩に腰を下ろした。教師の声が闇に反射していた。音を立てず、灯りも使わず、ここで過ごした人がいたという話。説明は淡々としていた。
その途中で、耳の奥に金属を擦るような音が走った。視界の端が震え、世界がゆっくり傾いた。目の奥が急に熱くなり、まぶたの裏に火花が散る。息を吸おうとすると、喉が引きつり、意味のない音だけが漏れた。
胸が縮み、肺に空気が入らない。次に、腰から腿にかけて湿った感覚が広がった。そこから立ち上る匂いが鼻腔に刺さり、胃が反転する。吐き気が込み上げた。
立ち上がろうとしても足が動かない。声を出そうとしても出ない。隣にいるはずの人間は、誰一人こちらを見ない。自分だけが、切り取られている感じがした。
そのとき、闇の奥から声が押し寄せてきた。重なり合った怒鳴り声。言葉ではなかった。意味もなかった。ただ、数だけが多かった。胸が潰れ、涙が勝手に溢れた。
肩と頭に重みを感じた。熱く、かゆい。皮膚の下から何かが動いている感覚。毛穴という毛穴が開き、内側から這い出されるような錯覚。思考がばらけ、形を保てなくなる。

もう終わりにしてほしいと思った瞬間、後頭部に衝撃が走った。
痛みと同時に、あの熱も、匂いも、虫の感覚も消えた。視界が戻り、音が戻った。誰かに腕を掴まれ、引きずられる。外に出た瞬間、光と風が叩きつけるように襲ってきた。
その場に崩れ、袋に吐いた。胃の中が空になるまで吐いた。
落ち着いてから、助けてくれた男子を見た。殴った本人だった。何か言おうとしたが、うまく言葉が出なかった。周囲では、生徒たちが次々と外へ出てきていた。教師たちが集まり、低い声で話していた。
後で聞いた。似たような状態になった者が、他にもいたらしい。場所も性別も関係なかったという。奥にいた一人は、顔つきが変わっていたと。
教師の一人が、笑いながら言った。「いい体験だったな」
帰り際、頭に塩をかけられた。意味は説明されなかった。
風呂に入った夜、両足に細かいギザギザの痕が並んでいるのに気づいた。数日で消えた。
数年後、弟が同じ実習に行った。帰ってきた弟は、以前と同じ話題を繰り返した。同じ場所の名前。同じ出来事。別の日、戦争に関係する場所で吐き、石の前で泣いた。
その様子を見て、私は思った。
あの日、殴られて外に出たのは、本当に自分だけだったのか。
今も、弟をどこかに連れて行くべきか迷っている。
迷っている間、あの場所は、まだ終わっていない気がしている。
(了)