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短編 山にまつわる怖い話 n+2026

瘤 nc+

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盆栽サークルで知り合ったあの爺さんが、湯呑みを両手で包み込みながら語った声の湿り気が、妙に耳から離れない。

爺さんが山に入りたてだった頃の話だという。
銃の重みも、獣の気配も、まだ身体に馴染みきらない若い時分。山に入るたび、息を詰めて周囲を窺うような、そんな頃の出来事だ。

その日、獲物を追って中腹まで登ると、不意に視界が開けた。
二間四方ほど、きれいに削り取られたような平坦地が現れたのだという。
不自然なほど平らで、しかし人の手が入った形跡はない。落ち葉も薄く、地肌が乾いていた。

村からの距離がちょうど良く、谷を見下ろす形で視界が利く。
風が抜け、音が溜まらない。
拠点にするには申し分のない場所だった。

目印になるのは、小高い位置に立つ一本の杉。
真っ直ぐに伸びた幹の、腹と呼びたくなる高さに、はっきりとした瘤があった。
山で育った木には珍しくない。傷が癒え、樹液が固まり、歳月の中で膨らんだだけのもの。

爺さんはそこで何度も飯を食い、腰を下ろし、息を整えた。
火を使うことはなかったが、弁当の匂いと杉の青臭さが混じる、あの場所特有の空気を覚えているという。

ある日のことだ。

獲物の気配が薄く、休憩が長引いた昼過ぎ。
爺さんは無意識に、その杉を見つめていた。

陽が差し、幹の陰影がはっきり浮かび上がる。
その時、腹の瘤が、ぶるりと震えたように見えた。

錯覚だと思った。
疲れ目か、陽炎か。
だが、視線を逸らしてからもう一度見ても、そこには確かに、僅かな動きの余韻が残っていた。

近寄って、じっと観察する。
尖った小さな瘤の周囲が、なだらかに盛り上がっている。
触れても硬い。叩いても、木の音しかしない。

「よくあることだ」
そう自分に言い聞かせ、その日は山を回った。
獲物は獲れなかったが、瘤のことは次第に意識の外へ押し出された。

五日ほど経ったという。

朝から空が高く、雲ひとつない晴れだった。
爺さんは銃を担ぎ、例の場所へ向かった。

足取りは軽く、風も穏やかだった。
あの平坦地に着いた瞬間、胸が僅かにざわついたのを、爺さんは後から思い出したと言う。

杉の木が、妙に目に入る。
理由もなく、視線が吸い寄せられる。

瘤を認めた瞬間、声が漏れた。
「ええっ……」

形が違っていた。
明らかに、五日前とは違う。

尖った瘤の周囲が、一気に盛り上がっている。
陰影が複雑になり、凹凸が意味を持ち始めていた。

額の膨らみ。
鼻筋の隆起。
口元の割れ目のような線。
顎に相当する下部の張り。

どこからどう見ても、人の顔だった。
しかも、木の腹から、今まさに押し出されてくる途中のような――。

目を凝らすと、口元が僅かに歪んで見えた。
笑っているようにも、歯を食いしばっているようにも取れる。

風が吹く。
杉の葉が擦れ、低い音を立てる。
その音が、呼吸のように感じられた。

気分が悪くなった。
胃の底が冷え、唾が苦い。
だが、それ以上に、理由の分からない苛立ちが湧いたという。

なぜだか、壊さなければならないと思った。
考える前に、身体が動いた。

持っていた山伐を振り上げ、瘤の中央へ叩きつけた。

乾いた音。
次の瞬間、木片が飛び散った。

瘤は呆気なく砕け、形を失った。
人の顔だったはずの輪郭は、ただの割れた木屑に変わった。

樹液が滲み出る。
それが陽に照らされ、妙に赤く見えた。

爺さんは、それ以上見なかった。
銃を構え、何事もなかったように狩りを続けたという。

その後、獲物は一頭も現れなかった。

山を下りる頃には、妙な疲労だけが残った。

数日後、再びあの場所へ行った。
杉の腹には、砕けた痕が残っているだけだった。
新しい瘤は、まだない。

だが、平坦地の端、地面に転がる木屑を見た瞬間、足が止まった。

顔の形をしていた。
割れた木片が偶然重なり、目の窪みと口の裂け目を作っていた。

拾い上げようとしたが、触れた途端、妙な温もりを感じた。
木なのに、冷えていない。

爺さんは、それを谷へ投げ捨てた。
それきり、その場所を拠点にすることはやめた。

話はそこで終わりだと、私は思っていた。
だが、爺さんは湯呑みを置き、低く付け足した。

「最近な、盆栽の杉に、瘤ができ始めた」

小さな鉢に収まる幹の、腹の位置。
尖った瘤の周りが、ゆっくり盛り上がっているという。

削ろうとすると、なぜか手が止まる。
触れると、指先に、あの山の匂いが蘇る。

爺さんは笑った。
笑顔だったが、目は笑っていなかった。

「今度は、ちゃんと育ててやろうと思ってな」

私は何も言えなかった。
盆栽棚の隅で、一本の杉が、静かにこちらを向いていた。

(了)

[出典:8 :本当にあった怖い名無し:2011/06/05(日) 06:46:53.82 ID:y+hFL/6d0]

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