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色即是光 rw+6,534

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祖母は、昔から仏教に深い敬意を抱いていた。

朝は欠かさず仏壇の前に座り、静かに経を唱える。子どもの頃、台所の湯気と混ざるあの声を聞きながら目を覚ました記憶がある。ゆっくりと、揺るがず、誰に聞かせるでもない調子だった。

他の宗教の話題になると、祖母は決まって顔をしかめた。

「流行りもんだよ。人の弱みに付け込む」

それが祖母の一貫した姿勢だった。

大学の学園祭で、宗教と政治を扱う討論会があると聞き、軽い気持ちで会場に入った。だが壇上で流れていたのは討論ではなく、金色の背景の前で語る男の映像だった。

「苦しみは、正しい波動によって浄化される」

繰り返される言葉と、やけに整った笑顔。出口付近で「無料です」と手渡された分厚い本を、断りきれずに持ち帰った。

家に帰り、冗談半分で祖母に差し出した。

「こんなのもらった。笑い話の種にでも」

祖母は表紙を撫でた。鼻で笑うと思っていた。

「ふぅん」

それだけだった。

数日後、祖母はその本を膝に置いていた。

「この人の言う『光』ね、仏教とも通じるところがある」

耳を疑った。あれほど否定していたはずなのに。

「ばあちゃん、それ、前に詐欺だって言ってたよな」

「私はね、正しいものは正しいと言うだけだよ」

その日から、祖母の話題はその教祖一色になった。仏壇の前に座る時間は減り、本を開く時間が増えた。

「あなたも読むといい。まだ目が閉じている」

「信じないのは、恐れているからだ」

言葉の端々が変わっていった。柔らかかった声に、妙な確信が混じった。

やがて祖母は、祖父を「理解の遅れた人」と呼び始めた。これまで愚痴などこぼさなかったのに。

母も戸惑っていた。

「最近、仏壇より本のほうを大事にしてるのよ」

ある晩、祖母が唐突に言った。

「ムラカミリュウコウの本、見なかったかい」

教祖の名前とは違う。言い間違えかと思った。

その夜、弟が小声で言った。

「あの本、全部処分した」

祖母が眠っている間に、こっそり。

翌朝、祖母は何も言わなかった。机の上はきれいに片づいていた。

数日後、祖母は再び仏壇の前に座っていた。

「色即是空、空即是色……」

昔と同じ節回しに聞こえた。だが、よく耳を澄ますと、言葉の並びがわずかに違っていた。

「色即是光、光即是色……」

聞き間違いかと思った。もう一度。

「色即是光」

祖母は目を閉じたまま唱え続ける。穏やかな顔だった。

その夜、仏壇の引き出しを開けた。線香の箱の下に、薄い冊子が一冊だけ残っていた。見覚えのない表紙。金色でもなく、白地に黒い文字。

《光はすでに内にある》

著者名はなかった。

弟は確かに全部捨てたと言った。ごみの日も確認した。

冊子を閉じると、後ろから声がした。

「それはね、捨てられないよ」

祖母が立っていた。

「光は、持ち帰った人の中に残るからね」

笑っていた。昔と同じ優しい顔で。

翌朝、祖母は何事もなかったように経を唱えていた。

「色即是空、空即是色……」

今は正しい。

だが、ときどき、節の合間に、別の言葉が混ざる。

はっきりとは聞こえない。だが、確かにある。

そして気づいた。

最近、無意識に口にしている。

「目を開く」という言い回しを。

[出典:590 :本当にあった怖い名無し:2005/12/22(木) 02:03:21 ID:snKNBXq10]

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