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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

名前もわからない存在 n+

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ほんの一瞬、誰かが「渡れ」と背中を押したような気がした。

横断歩道の前で立ち止まったのは、車が右から来ていたからだ。
そのまま待っていれば、なんの問題もなかったはずだった。
でも次の瞬間、妙な衝動に駆られた。
急かされるように、一歩、そしてまた一歩と歩き出していた。

その直後だった。
右から来た車がスピンし、凄まじい勢いで、さっきまで自分が立っていた場所を貫いた。背後のフェンスを突き破り、ガガガッという音とともに何かが押し潰される音がした。
生暖かい風が後頭部を撫でた。血の匂いがした気もする。
一歩遅れていたら、肉も骨も、金属の塊に叩き潰されていただろう。

あの一歩は、誰の意志だったのか。
「自分」ではなかった気がする。

別の日、東名高速を走っていたときのこと。

前方に、よれよれと走る軽自動車が見えた。
抜かそうか、どうしようか、少し迷った。でも、また“急かされた”。
理由もなく、早く前へ行けと、何かが言ってくる。
「抜け」と誰かが呟いたような気がして、ウィンカーを出し、軽自動車を追い越した。

その十数秒後、ルームミラーの中で惨劇が起こった。
後方から迫っていたトレーラーが、あの軽自動車に突っ込んだのだ。
車体が波のように潰れ、車幅が半分になる。
横をすり抜けようとした別のトレーラーも巻き込まれ、バランスを崩して横転した。

衝撃の光景は、ニュースでも報道された。
「多重衝突事故」「トレーラー横転」「小型車大破」――
だが、なぜ自分だけが、あのタイミングで追い越せたのか。
それがたまたま運が良かった、では済まされない“感触”が、まだ皮膚に残っていた。

そんなことが一度や二度ではない。

“誰か”が、自分を生かそうとしている気配がある。
気づけば助かっていた、というより、気づかされて助かっていた。
死の匂いのするその瞬間に限って、別の何かが「行け」「止まれ」「避けろ」と命じてくる。

だが、それは神でも幽霊でもない。
見えないし、語らない。名前すらわからない。
ただ、ずっと昔からそこにいて、こちらの生死にだけ関心を持っているような存在。

子供のころ、川に落ちたときもそうだった。
誰もいないはずの岸辺から、手が伸びて、自分を引き上げたような気がした。
夢だったのか現実だったのか、今となってはわからない。
けれどあの手のぬくもりは、ずっと忘れていない。

自分には、「名前もわからない護り手」がいる。

きっと、誰にでもいるのだと思う。
それぞれがそれぞれのやり方で、人間を“落ちる直前”から引き戻している。
たとえば動物のように、たとえば風のように。あるいはふとした違和感や直感として。

わたしたちは生きているのではなく、「生かされている」。
その感覚を、どこかに置き忘れてしまっただけだ。

名前もわからないし、姿も知らない。
だから「ありがとう」と言う術もない。

けれど、何度も死から遠ざけられてきた以上、
黙って見ているわけにもいかない気がする。

今この瞬間、誰かが背後からそっとこちらを見ている気がする。
それは祈りではなく、見守りでもなく――
きっと、ずっとこちらを観察し、タイミングを計っている何かだ。

だから今日も一言だけ、心の中で呟く。

「わかってるよ。ちゃんと覚えてる」

ありがとう。

[出典:410 :本当にあった怖い名無し:2024/08/27(火) 10:09:56.62 ID:XA8L3kBU0.net]

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