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九官鳥は名前を知っている rw+7,042

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これは、私の友人が大学時代に体験した出来事である。

彼女が交際していた男性は母子家庭で育ったが、経済的には不自由していなかった。大学から徒歩圏内の高級マンションに住み、広いリビングは自然と友人たちの溜まり場になっていた。彼女も頻繁に訪れ、次第に泊まることが当たり前になっていった。

違和感は、彼の母親だった。

年齢を感じさせない外見で、昼間も夜もほとんど家にいる。息子の男友達には朗らかに応対するのに、女性に対しては露骨に距離を取った。特に彼女には、最初から拒絶に近い態度を崩さなかった。

関係を悪くしたくなくて、手土産を持参したことがある。だが母親は袋に視線を落とすと、鼻で笑い、「そういうのはいらない」と言って背を向けた。その声には、感情の起伏がなかった。

彼は「気にしなくていい」と言った。母親の干渉には慣れている様子で、話題にしたがらなかった。

問題の夜は、週末だった。

彼の部屋で眠っていた彼女は、喉の渇きで目を覚ました。携帯を見ると、午前四時三十四分。外はまだ暗く、マンション全体が沈黙していた。

トイレを済ませ、部屋に戻ろうとしたとき、足が止まった。

リビングの方向から、橙色の光が漏れている。

音はしない。誰かが起きている気配もない。ただ、灯りだけが点いている。

次の瞬間、静寂を切り裂くように、甲高い声が響いた。

「ピーちゃん! ピーちゃん!」

息が詰まった。彼女は、聞いたことのない声だと瞬時に理解した。

恐る恐るリビングを覗くと、テレビボードの脇に鳥かごが置かれていた。黒い羽根の九官鳥が一羽、中からこちらを見ている。

この家に何度も来ているが、こんな鳥を見た記憶はない。ふと、彼が以前「母親が部屋で鳥を飼っている」と言っていたことを思い出した。

九官鳥は、くちばしで金網を軽く叩きながら、不明瞭な声を発した。

「ピーチャン、イイコネ。オリコウサンネ」

その滑らかさに、思わず感心しかけた次の瞬間。

「マユミ、シネ」

はっきりとした発音だった。

「マユミ、シネ。マユミ、シネ」

同じ抑揚、同じ間隔で、何度も繰り返される。

それは、彼女の名前だった。

体の奥が冷え、視界が狭くなる。なぜ、この鳥が自分の名前を知っているのか。その疑問に答えが浮かぶ前に、背後で、短い咳払いが聞こえた。

振り返ったが、廊下には誰もいない。母親の部屋のドアは閉じたままだった。

咳払いは、それ以上続かなかった。

再び鳥を見ると、九官鳥はもう声を発していなかった。ただ、暗い目でこちらを見つめている。

彼女はその場を離れ、自室に戻った。彼は眠っていた。起こすことはできなかった。

夜が明ける前に荷物をまとめ、マンションを出た。始発までの時間、コンビニで座って過ごし、その間に別れを告げる短いメッセージを送った。

後日、彼と何度か話したが、あの夜のことを持ち出すことはできなかった。言葉にすれば、何かが確定してしまう気がしたからだ。

それからしばらくして、彼女は別の街で暮らし始めた。

ある早朝、駅へ向かう途中、どこからか甲高い声が聞こえた。

「ピーちゃん」

振り向いたが、鳥の姿は見えなかった。

ただ、自分の名前だけは、呼ばれなかった。

(了)

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