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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

腹が減る話 nc+

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私の祖母はいわゆる見える人だったらしい。

少なくとも、そういうふうに周囲から言われていた。

私は祖母に育てられたようなものだった。両親が共働きで、放課後や長期休みはいつも祖母の家にいた。だから怪談も不思議な話も、寝物語のように当たり前に聞かされて育った。怖がらせるためではない。祖母はいつも、ただ事実を並べるような口調だった。

その祖母から聞いた話のひとつに、近所の「行ってはいけない家」の話がある。

祖父は理屈屋で頑固だった。戦中戦後を生き抜いた人間にありがちな、正しさを疑わないタイプだ。孫の躾にも厳しく、特に食事の作法には目を光らせていた。
「出されたものは残すな」
「食い物を粗末にするな」

私たちは兄妹三人で、長兄はタコが苦手、次兄はナスが嫌い、私はニガウリがどうしても無理だった。だが食卓にそれが並べば、逃げ場はない。泣こうが喚こうが、皿が空になるまで席を立てなかった。拳骨が飛ぶことも珍しくなかった。

ある夏の昼、タコの酢の物、ナスの炒め煮、ニガウリ入り。三役そろい踏みだった。
一時間以上かかって食べ終えたあと、祖母は私たちに黙って飴玉をくれた。舌の上で転がすと、不思議なほど落ち着いた。

そのとき祖母は、窓の外を指差した。
「向こうに竹藪があるやろ。あっこに昔、家があったんよ」

それが、行ってはいけない家だった。

祖父が若い頃、二十歳そこそこの夏の夜の話だという。集会所で酒を飲み、肝試しの話になり、誰かがあの家の話を出した。誰も詳しくは知らない。ただ、近づくなと言われてきただけだ。
くじ引きで当たりを引いた祖父は、提灯と炭を持たされ、証拠として名前を書いて帰るよう言われた。

家は田んぼの中にぽつんと建っていた。庭も家も荒れ放題で、風が吹くたびに草木が擦れる音がした。玄関先にしゃがみ込み、炭を出した瞬間、納屋の方で音がした。提灯の火が消えた。

その直後、祖父は説明のつかない空腹に襲われたという。胃が縮み、喉が焼け、頭の中が「腹が減った」という言葉で埋め尽くされる。恐怖は消え、欲求だけが残った。

「……はらがへった」

どこからか声がした。その声が自分の喉から出ていると気づいたところで、祖父は倒れた。

目を覚ましたとき、祖父は家の布団に寝かされていた。妹が金平糖を口に入れてくれ、それを飲み込んだ瞬間、空腹は消えた。
その後、仲間たちとまとめて雷親父だった祖父の父に叱られ、肝試しの件はそこで終わった。

祖母はそこで話を切り、私たちに言った。
「じいちゃんは、ほんとの飢えを知っちょる。やけん、食べ物にうるさいんよ」

そして続けた。
「餓鬼っち、知っちょるかえ」

餓鬼は腹を空かせ続ける存在で、食べ物のある場所に引き寄せられる。あの家には、そういうものがおったんやろう。
そう祖母は言った。

話を聞き終えたあと、なぜか私は強い空腹を感じた。昼飯は食べたばかりなのに、兄たちも同じだった。祖母は無言で、もう一つずつ飴玉をくれた。舐めているうちに、空腹は静かに引いていった。

その日の夕食は、昼の残りで作った料理だった。私たちは文句を言わず、すべて食べた。祖母は何も言わず、ただ見ていた。

それから五年ほど経った夏、私は高校生になっていた。
ある朝、次兄が帰省してきて、私に言った。
「ばーちゃんが話しよった、あの家の話、覚えちょるか」

次兄は、地区の旧家に残る記録を見たという。
あの家には、昔、知的障害のある子どもが生まれた。母親が亡くなったあと、父親はその子を納屋に閉じ込め、出さなかった。
三日三晩、腹が減ったと泣き叫ぶ声が聞こえていたという。

やがて子どもは死に、家は絶え、理由は伏せられたまま「行ってはいけない家」だけが残った。

次兄は言った。
「家が焼けた理由も、わからんらしい」

火は浄化だと、坊主は言ったそうだ。

その話を聞いたとき、私は祖母の顔を思い出していた。餓鬼だと断定した声。飴玉を差し出す手。
祖母は、わからないと言わなかった。

あの家が焼けた頃、祖母はすでにこの家に嫁いでいたはずだった。

それ以上、私は何も聞かなかった。

さらに十年以上が過ぎた。祖母はもういない。
行ってはいけない家の跡地は、今も竹藪のままだ。

ある日、私は一人でそこへ行った。入り口の手前で立ち止まり、地面を見ると、古い菓子袋とペットボトルが転がっていた。風で飛んできたにしては、整いすぎている。

胸の奥が、きゅっと縮んだ。
私は持っていたお菓子と飲み物を、無意識にその横へ置いていた。

その瞬間、胃の底から、あの感覚がせり上がってきた。
空腹。
理由のない、切迫した空腹。

振り返っても、誰もいない。
竹藪は静かだった。

帰り道、私は思った。
祖母は、何を送ったのか。
何を残したのか。
そして、何が終わっていないのか。

答えは出なかった。ただ、夕方になるころには、ひどく腹が減っていた。

[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「凪 ◆gRc5iHyE」 2018/12/06]

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