あの日のことを、母はいまも覚えているのかどうか分からない。
私は三十を過ぎた今も、時々確認される。
「ゆうちゃん、あの日、お母さんはずっと家にいたよね?」
確認というより、答え合わせのような口調だ。間違えるはずのない問いを、わざわざ出してくる教師のように。
最初にそれを聞かれたのは、五歳の夕方だった。
テレビの音がやけに小さく感じられる日だった。母は台所から顔を出し、妙に明るい声で言った。
「お母さん、今日ずっと家にいたよね?」
私はうなずいた。昼寝のあと、リビングでアニメを見て、母は洗濯物を畳んでいた。それだけの一日だったはずだ。
「ね、ゆうちゃん」
念を押されると、何か大事な答えを出した気がした。母はほっとしたように笑った。
翌朝、隣の祖母が亡くなったと知らされた。
知らせに来た近所の人は、私の目を見なかった。祖母は首を吊っていたという。足が悪く、家の中を歩くのもやっとだった人が、物置の梁に縄をかけて。
椅子も脚立もなかったと、あとで誰かが言っていた。
家には刑事が来た。母は落ち着いていた。涙も流さず、質問に淡々と答えていた。
私にも質問が向けられた。
「昨日、お母さんは家にいた?」
母は少し離れた場所で、こちらを見ていた。私は頷いた。
「ずっと?」
「うん、ずっと」
それが正しい答えだと思った。実際、母は家にいた。少なくとも、私が見ていた時間は。
だが、私にはひとつ思い出せない時間がある。
昼過ぎ、テレビを見ながらうとうとした。蝉の声が窓から入り、畳がぬるくなっていた。裏口のほうで、金属がこすれる音がした気がした。戸が閉まる、乾いた音。
目を開けたとき、リビングに母はいなかった。
家は静まり返っていた。時計の秒針だけがやけに大きく聞こえた。
私は立ち上がり、台所を覗いた。風呂場も、トイレも、空だった。裏口の戸は閉まっていた。鍵はかかっていなかった。
私は時計を読めなかったが、窓の外の影の伸び方で、ずいぶん時間が経ったのだと感じた。三十分、と後になって私はそう言うようになった。だが、その数字がどこから来たのか、自分でも分からない。
やがて、裏口の戸が静かに開いた。
母が入ってきた。額にうっすら汗をかいていた。
「お昼、何食べたい?」
何事もなかったように、いつもの声で。
私は何も聞かなかった。聞いてはいけない気がした。母がどこへ行ったのか、考えることもやめた。
その夜、母は布団の中で私を抱きしめながら言った。
「お母さんは、ずっと家にいたよね?」
私はうなずいた。母の胸は、いつもより硬く感じられた。
それから何度か、刑事が来た。祖母の死は自殺で処理されたらしい。足の悪い祖母がどうやって梁まで届いたのか、私は知らない。物置には椅子がなかった。縄は祖母の手の届かない棚の上にあったと、誰かが言っていた。
母はその話を、二度としなかった。
父が亡くなったあと、母はよく働いた。私は大学まで出してもらった。母に感謝している。あの三十分が何だったのかを除けば、私の人生に欠けたものはない。
それでも、時々夢を見る。
リビングで目を覚ますと、母がいない。裏口が半開きで、外から蝉の声が流れ込んでいる。私は立ち上がり、隣家のほうを見る。祖母の家の窓が、こちらを向いている。カーテンの隙間に、誰かの影が揺れる。
目が合う。
それは祖母ではない。子どもの私だ。
私は、裏口から出ていく。小さな足で、隣の家へ向かう。物置の中で、梁を見上げる。
そのとき、背後で声がする。
「お母さん、ずっと家にいたよね?」
振り返ると、今の母が立っている。
目が覚めると、母から着信が入っている。
電話に出ると、決まって最初に言う。
「あの日、お母さんは家にいたよね?」
私は答える。
「うん、ずっと家にいたよ」
電話の向こうで、母はほっと息をつく。
その息遣いが、物置の梁から軋む音に似ていることを、私はまだ母に言っていない。
今も私は、あの日の午後を思い出そうとすると、裏口の音だけがはっきりする。
戸が閉まる音。
そして、もうひとつ。
誰かが、内側から鍵をかける音。
私は、あの日、どちら側にいたのだろう。
(了)