静岡県に住む小野さん(仮名)から聞いた話。
昔の不審者はもっと狂っていた、と彼は言った。子どもの頃、運動会に露出魔が徒競走の列に並んでいたことがあったらしい。裸で、笑いながら、ひょいひょいと列に入り、先頭集団に追いついていく。ゴール直前で女子児童を追いかけ、彼女たちは泣きながら逃げた。保護者に取り押さえられるまでの数秒間、会場は時間が止まったように静まり返っていたという。
そうした異常が、当たり前のように存在していた。小学生のうちに一度は露出魔に遭遇するのが普通だったと笑いながら彼は言ったが、その笑顔はどこかひきつっていた。
あれは、彼が高校生の頃の話だという。正確な場所や時期は伏せるが、当時その地域では、あまり治安が良くないという噂が絶えなかった。入学してすぐ、親戚にこう言われた。「あそこは女の子、殺されてるんだよ」
親は過剰に心配し、自転車通学を禁じた。仕方なく三年間バスで通ったが、バス停から自宅までは少し距離があり、薄暗い道を毎日歩くことになった。
そんな時、ある失踪事件が起こる。名前は仮に「淳二」としておく。
事件発生の翌日には公開捜査となり、テレビでも速報的に報道された。報道では、父親の職業や家族構成まで詳細に流されていた。身代金目的ではないとされ、警察は異様なほどの人員を投入していた。
奇妙なのは、現場がさほど山奥でもなければ、入り組んだ土地でもなかったことだ。交通量も多く、目撃者がいて当然のような場所だった。にもかかわらず、淳二の姿は二日間、誰にも発見されなかった。
「子どもが二日もそこにいたなんて、おかしいわよね」
そう母がこぼした。彼女は過去に似た話を思い出していた。
小学校の頃、「未咲」という少女が同じように姿を消したことがあったという。夜十時、警察が巡回中に発見したが、その場所があまりに不自然だった。家からは徒歩で五十分。しかも、保護されたのは低学年の少女。どれだけ迷っても、その時間にその場所まで行くとは考えにくい。
「その未咲ちゃんが保護された場所から、淳二くんが消えた場所まで、歩いて五分もないんだって」
母はそう言ってから、口をつぐんだ。
あまり話題にされなかったが、淳二は結局、失踪した場所から無傷で見つかった。警察犬が何度も探した場所で、である。警察は、「本人がそこにずっといたと証言している」とだけ発表した。
「ずっといたんなら、最初から見つかってるはずだよね」
そう言うと、母は不機嫌そうにこう返した。
「子どもが無事だった、それで良いの。……嘘に決まってるでしょうが」
彼も、それ以上は聞かなかった。
ある晩、ふと思い出して、あの事件の地図を広げてみたという。未咲が保護された地点と、淳二の失踪現場を結ぶ線。その間に点在する、小さな公園、空き家、古い神社、土手沿いの道。いずれも、昼でもどこか暗い。近所の人も寄りつかないような場所ばかりだった。
淳二が保護された数日後、近所の廃墟が取り壊された。その家はずっと空き家で、地元でも「出る」と噂されていたが、取り壊しの理由は誰にも知らされなかった。昼間に重機が入って数時間で更地にされ、古びた家具や布団が、ブルーシートに包まれて運び出されていた。
その様子を偶然見かけた人が、「廃墟の地下から、子どもの落書きみたいなもんが出てきたって言ってた」とこっそり教えてくれたという。壁一面に、顔のない人間の絵がびっしり描かれていたらしい。目も鼻も口もなく、ただ真っ白な輪郭だけの人間。何体も、何体も。
淳二が見つかったのは、その家のすぐ裏手だった。
今でも、ときどき思うのだという。
あの絵を描いていたのは、誰だったのだろう?
そして、あの二日間、淳二は本当に「そこ」にいたのだろうか?
お化けや幽霊よりも、なにより怖いのは、
誰も見ようとしない、日常の綻びの中に潜む、沈黙なのだと。
[出典:407: 本当にあった怖い名無し:2011/07/07(木) 16:01:02.14 ID:VjDppBXA0]