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濁りの兆し r+4,118

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あれは数年前のことだ。

小さな会社で働いていた。社員十人足らず、バイトも合わせて十五人に満たない程度の、小規模な事務所だった。業界は伏せるけど、いわゆる「勢いだけはある」ってやつで、外から見ればギラギラしてるように見えたかもしれない。実際は、社長がちょっとギャンブル気質でね……まあ、案の定というか、あっさり潰れた。

でも、いざ振り返ってみると、不思議なことが立て続けに起きてたのは、倒産が決まる一ヶ月前からだったんだ。そういうのって、後になってやっと気づくんだな。

たとえば、加湿器とポット。
うちのオフィスは乾燥がひどくて、冬場は三台の加湿器がフル稼働していた。どれも機種が違うのに、奇妙な一致があった。朝、当番で水を入れるとき、前日の水をシンクに捨てるんだけど、底のほうに砂みたいな粒が混じってる。最初は「掃除が足りなかったのかな」くらいにしか思ってなかった。でも、日を追うごとに水が濁っていく。うっすら茶色くなって、最後の方は、まるで川底の水をすくってきたみたいだった。

ポットも同じだった。中の水が少し濁っている気がして、ふとコップに注いで見てみたら、白い縁取りの中に黒い斑点が浮いていたこともある。それが何なのかは結局わからずじまい。衛生面で怖くなって使うのをやめた。

あのとき、管理会社に問い合わせてみたが、水道に異常はないと言われた。階をまたいで水を汲んでみても同じだった。社内の人間みんなが「気のせい」で片づけようとしてたけど、あの違和感は、気のせいなんかじゃなかったと、今では思う。

次におかしくなったのはコーヒーサーバー。
ある朝、課長がコーヒーを淹れて戻ってきたとき、妙な顔をしていた。口を開いた瞬間、こっちが先に言った。

「匂い、おかしくないですか……?」

ドブみたいな、生ぬるく腐った水の臭いが、ほんのり立ちのぼっていた。鼻の奥にまとわりつくような、澱んだ空気。
課長が顔をしかめてマグカップの中を覗き込む。私も見たけど、見た目は普通のコーヒーだった。

リース会社を呼んで見てもらったけど、原因不明。機械にも水にも異常はないと言う。代替機を置いていったけど、三日後にはまた同じ匂いがしはじめた。その次の代替も、さらにその次も、最初は問題ないのに数日で同じ症状。そうなった頃には、誰もサーバーを使わなくなった。

あの時点で、「何かおかしい」とは皆感じていた。
ただ、それが会社の運命と結びついてるなんて、本気で思ってたわけじゃない。あくまで「気味が悪いなあ」という程度だった。だが、どこかで全員、うっすらと「この会社、もう長くないかも」って思い始めていた。笑ってごまかしていたけど、あの時期、社内の空気はどんよりと重たく、誰もが口数を減らしていった。

そして、決定的だったのは、会社が業務を停止する前日のこと。

その日は朝から電話が鳴りっぱなしだった。得意先からの問い合わせ、クレーム、怒鳴り声、取引先からの催促……。中には「どちら様でしたっけ?」と思うような、聞いたことのない会社からの電話も混じっていた。

午後四時過ぎ、いつものように「社長はただいま外しております」とテンプレを口にしたそのとき、背後で「ガシャン!」と大きな音が響いた。

電話を切って振り返ると、窓際の棚に置かれていた塩の小皿と、日本酒のグラスが粉々になっていた。誰かが落としたわけではない。誰も触っていなかったのに、まるで見えない手で突き落とされたかのように、割れていた。

それだけじゃない。隣に置かれていたフィギュアも倒れて壊れていた。赤い色の、ドラゴンボールのキャラクター。風水で「この方角に赤いものを置くといい」と言われて、社長が気まぐれで飾ったやつだった。

それを見て、誰かが笑いながら言った。

「不吉~!これ、マジで明日から来なくていいって言われるんじゃないの?あははは!」

みんなも笑っていた。でも、笑い声の奥に、確かな不安があった。

そして本当に、その翌日、電話がかかってきた。
「しばらく自宅待機してください」と、事務員の声で伝えられた。理由は伏せられていたが、後から聞いた話では、あの前日の最後の電話が、銀行からの『融資打ち切り』の通告だったらしい。

それが決定打となり、会社は表向き「業務整理のための一時閉鎖」、実質的な倒産となった。

いまでも思い出す。
あの加湿器の濁った水。コーヒーの中の澱。割れた供物と、壊れたフィギュア。
それぞれは、きっと些細な偶然だったのかもしれない。誰かが掃除を怠っただけかもしれないし、水道に見えない汚れが紛れていただけかもしれない。

でも、何かもっと大きな「淀み」が、その場所に満ちていた気がする。
人の心が沈んでいくと、場所そのものも沈んでいく。そういう相互作用のようなものが、あるんじゃないかと思っている。

実際、あの一ヶ月間、社員全員の顔色が悪かった。笑い声も乾いていた。誰かが冗談を言っても、反応は薄かった。誰かがひとりでうつむいていても、誰もそれを指摘しなかった。

まるで、深い泥の底に沈んでいくみたいだった。静かに、確実に。

あの会社が潰れたのは、経営の問題だけじゃない。
きっともう少し、別の何かが作用していたんだと思う。

目に見えないけれど、確かにそこにある、負の気。
それが濃くなると、水も腐るし、空気も澱むし、人の心まで鈍くなる。

そういうものが、あるんだと思う。

[出典:投稿者「めめこ ◆Xm8JjFMI」 2014/04/02]

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