俺の父方の祖先は、九州の山奥に住む領主の一族だったらしい。
そんな話を父が曽祖父(俺の曽祖父)から聞いたそうだ。曽祖父は子供の頃、ずいぶん厳しい両親に育てられたらしい。田舎の名家では、しつけという名の「恐怖」が当たり前だったのだろう。
曽祖父は何かやらかすたびに怒られ、「埋めるぞ!」と脅されて本気で怯えたという。だが一つだけ、怒られる以上に謎だったものがある。家の裏手に広がる山への「禁足」だ。
ふもとには行けるが、上へ登ることは決して許されなかった。理由を尋ねても両親は「迷いやすい」「獣が出る」と曖昧にごまかすばかり。
曽祖父が十歳になったある日、彼はついにその言いつけを破ることにした。
山道は思いのほかなだらかで、秋の風に揺れる木々が心地よかった。曽祖父はすぐ調子に乗り、さらに奥へと進んだ。森に入ると静けさが増し、木漏れ日が暗い影を引き立てる。昼食用に持参したおにぎりを食べ、そろそろ帰ろうと腰を上げたその時——うめき声が聞こえた。
「……誰か倒れてるのか?」
曽祖父は声を辿った。木々の間をすり抜け、薄暗い森を進む。声は不規則で、遠くなったり近くなったりした。やがて見つけたのは、小山のように積まれた木の葉。その下から声が漏れている。曽祖父が葉をかき分けると、土から突き出た人間の首が現れた。
「……!」
心臓が凍りつく。顔はやつれ、目は虚ろだった。うめき声だけが生々しい。曽祖父が呼びかけても反応は薄い。助けを呼ぼうと振り返った瞬間、背後に気配を感じた。
振り返ると数人の人影がいた。男も女も髪を長く伸ばし、ぼろぼろの布をまとっていた。その姿はまるで時代から取り残されたようで、彼らの目は曽祖父を鋭く睨んでいた。
「……!」
曽祖父は背筋が凍り、無我夢中で駆け出した。後ろから聞こえる声が何を言っているのかはわからない。ひたすら走り、家に転がり込むように帰り着いた。
曽祖父が見たものを話すと、家族は驚きもせずに一言告げた。
「ヤマノタミだ。あの者たちは昔から山に住んでいるが、我々とは関わってはならん」
それ以上の説明はなかった。曽祖父は二度と山へ登らなかった。
——あれから時が経ち、俺は東京で暮らしている。だが時々思う。曽祖父が見たヤマノタミとは何者だったのか?埋められていた人は一体何をしたのか?真相を確かめる術はないが、ふと夜中に目を覚ました時、森のざわめきが耳元でささやくような気がするのだ。
(了)
[出典:http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1237401411]