親戚に元刑務官がいる。
彼によると、刑務官の本当の仕事は監視ではなく「受刑者に人の温かみを教えること」だという。時間があれば受刑者の話に耳を傾け、多くは自らの罪について語られる中で、特に印象深い話があった。
受刑者Aは元々普通のサラリーマンだった。殺人罪で収監された彼は、妻を殺害後、遺体処理に困り果てていた。自宅の冷蔵庫に保管し、毎日少しずつ処理を続ける日々。肉は細かく刻み、骨はミキサーで砕いてトイレに流していった。
ほとんどの部位を処理し終えた時、最後に頭部だけが残った。どうしても踏ん切りがつかず、冷蔵庫に保管されたまま数日が過ぎた。
ある夜、Aは奇妙な夢を見た。リビングのテーブルに妻が深くうつむいて座っている。表情は見えないが、テーブルに置かれた手がカタカタと震えていた。
震えは次第に激しくなり、爪、指がテーブル周りに飛び散り始める。肘から先が崩れ落ち、真っ赤な血が噴き出し、剥き出しの骨がテーブルを叩く音が響いた。
全身汗まみれで目覚めたAは、リビングに向かった。すると冷蔵庫が少し開いており、中から妻の頭部がこちらを睨んでいた。慌てて扉を閉め、ガムテープで厳重に封印した。
頭部の処理ができずにいたAは、新しい冷蔵庫を購入することにした。一人用の小型サイズを店から持ち帰り、ガムテープ付きの古い冷蔵庫の存在を隠し通した。
その夜も同じ夢が続いた。前日の続きから始まり、今度は足が床を蹴り始める。
「ドン・ドン・ドン・ドン・ドンドンドンドンドドドドドドドド!」
激しくなる音と共に床に血が滲み、足の肉片が飛び散る。テーブル上では腕が振り回され、血しぶきがA の頬にまで飛んできた。身動きできずにその光景を見つめ続ける中、「早く目覚めてくれ」と心で叫んでいた。
部屋中に血が飛び散り、嫌らしく光っていた。突然動きが止まると、うつむいていた顔がゆっくりと上がり始めた。垂れた前髪が頬に張り付き、髪の隙間から上目遣いの視線が突き刺さる。
顔が完全に上がった瞬間—
「ああああぁぁぁぁぁぁぁっ、私の、からだを、返せぇぇぇぇぇぇぇ」
絶叫と共にようやく目覚めることができた。
この時こそ頭部を処理しようと決意したAだったが、冷蔵庫の前に立った瞬間、その気持ちは完全に消え去った。
あれほど頑丈に止めていたガムテープが全て千切れ、妻の頭部が冷蔵庫から転げ落ちていた。見開かれた目がAを睨みつけている。
ここでAは逃げられないと観念し、自首したのだという。
元刑務官の叔父は最後にこう言った。
「殺された方の無念はいつまでも生きてるもんだ……」