中学一年の夏、家族で実家の墓参りに行った。
祖父母の墓石の隣に、小さな無縁仏がある。背丈は膝ほどで、角が丸く削れ、文字も読めない。ただ、その上にだけ、白い塩が山のように盛られていた。
盛り塩というより、袋を逆さにして一気にあけたような量だった。
そのときは何も聞かなかった。家族はいつも通りに水をかけ、線香を立て、手を合わせた。無縁仏の前だけ、誰も立たない。
翌年も、その翌年も、塩はあった。形は違うが、必ず新しい山になっている。雨で崩れた様子もない。誰かが来ている。
誰が、と考えるたび、なぜか胸の奥がざわついた。
高校に上がる頃、父にそれとなく聞いたことがある。
「あれ、誰の墓?」
父は少しだけ間を置き、「昔からある」とだけ言った。視線は墓石ではなく、足元の雑草を見ていた。
それ以上は聞けなかった。
大学生になり、久しぶりに一人で帰省した。墓地は静かだった。家族の墓に水をかけ、手を合わせる。ふと、無縁仏を見ると、塩はなかった。
石の表面が、黒く湿っていた。
誰かが、水をかけた直後のように。
触れるつもりはなかった。それでも、なぜか桶を持ったまま、私は無縁仏の前に立っていた。これまで一度も、ここに水をかけたことはない。けれど、塩がないなら、水でいいのではないかと思った。
柄杓を傾ける。
その瞬間、背後で、砂利を踏む音がした。
振り返ると、誰もいない。墓地には私しかいなかった。風もないのに、線香の煙だけが横に流れている。
足元に視線を戻したとき、気づいた。
無縁仏の石肌に、水は残っていなかった。
かけたはずの水が、吸い込まれた形跡もなく、最初から濡れていなかったかのように乾いている。
桶の中の水は、半分減っていた。
その日以降、塩は戻った。
以前より高く、以前より白く、明らかに多い。私が水をかけた場所を覆い隠すように、山が盛られている。
それからだ。実家の墓に水をかけるたび、隣の石が、わずかに濡れている。私が触れていないのに。
家族は何も言わない。父も母も、あの石を見ない。
この前の帰省で、私はもう水をかけなかった。
けれど、桶の水は減っていた。
私は、自分の墓に水をかけた覚えがない。
(了)