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体育館に現れた上様 ~ 或る朝練少年の幻視譚 r+1,937

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まだバスケットボールという球技が、黒板消し投げの次に人気だった時代。

小学生の朝は、異様に早く、そして妙に熱心だった。
自分も例に漏れず、他の誰よりも早く体育館の扉を開け、ボールをバウンドさせていた。
静まり返った板張りの床に、ボールの弾む音がやけに澄んで聞こえた。

その朝、誰もいないはずの体育館のステージの袖に、ひとつの影があった。
それは“人”と呼ぶには静かすぎて、“気配”と呼ぶには濃すぎる何かだった。
最初は先生だろうと思った。年配の、毛の薄い男性教師がひとりで物思いに耽っているのかもしれない。
近視の自分には、確認する術もなかった。

日々は過ぎた。
あの“人影”は、ときおりステージ脇に現れては、こちらを無言で見つめていた。
誰に話すでもなく、自分もそれを日常の余白として受け入れていた。
どこにでもある風景、例えば保健室のカーテンの揺れや、校舎裏のツタの匂いと同じように。

だが、あの朝は違った。

靴箱の前で目まいに襲われ、へたり込んだ自分の目の前に、
彼は立っていた。はっきりと、目の前に。

着物。浅い藍。褪せた金の縁取り。
頭はまるで落雁のように滑らかで、その中央に一本、真っ直ぐな結い髷。
眉は太く、眼差しは深く、表情には常にひと匙の諦観が混じっていた。
――暴れん坊将軍を、秋風で乾かしたような風貌だった。

言葉は発さなかった。だが、何かを伝えようとしているのは明白だった。
音のないメッセージが、朝の空気のひだを揺らして伝わってくる。
「よう励んでおるな」
そのようなことを、確かに言っていた気がする。

自分は、笑った。あるいは、笑っているふりをした。
心の中では、まったく異なる叫びが渦巻いていた。
《こんなところに上様がいるはずがない。であえであえー!》

だが、誰も来なかった。誰も気づかなかった。
その代わり、彼は――ふっと笑い、静かに、まるでシャボン玉が割れるように、消えた。

***

「チョンマゲのおっさんが出た!」

その日、教室はちょっとした騒ぎだった。
けれど、誰も同じものは見ていない。
自分だけが、あの“何か”に触れてしまったらしい。

先生までも巻き込んで、学校の歴史を調べる授業が始まった。
自分の通っていた学校は、すでに百年の歴史を超えていた。
戦時中は避難所でもあり、死体安置所でもあり、祈りの場でもあったという。

例の体育館は、かつて天満宮の敷地内に建っていたという記録があった。
では、彼は――菅原道真の霊か?

教室に一瞬、緊張が走った。
しかし、クラスのAという少年が冷静に手を挙げて言った。

「でも、道真の時代にチョンマゲありました?」

空気が和らいだ。笑いが起こった。だが、その問いは核心を突いていた。

さらに調べていくと、江戸時代初期、この天満宮を厚く保護していた初代藩主がいたことが判明した。
その人物は、徳川家康の孫。弟は、あの水戸黄門。
肖像画を開いた瞬間、自分は思わず立ち上がって叫んだ。

「これや! これおっさんやで!」

幽霊、あるいは幻影。はたまた時空の綻びから現れた記憶の残像か。
歴史とは時に、個人の意識の裂け目から顔を覗かせる。

その日からしばらく、自分は早朝の体育館に行くのをやめた。
理由は覚えていない。けれど、ひとつだけ確かだったのは、
“彼”は、確かにそこにいたということ。

そして彼の瞳に、自分の未来のどこかが映っていたような気がした。

[出典:250 :本当にあった怖い名無し:2012/12/11(火) 01:19:52.53 ID:kN+tvXbg0]

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