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朝練に出るチョンマゲ rw+1,937

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まだバスケットボールという球技が、黒板消し投げの次に人気だった時代。

小学生の朝は異様に早く、そして妙に熱心だった。自分は誰よりも早く体育館の鍵を開け、誰もいない板張りの床にボールを弾ませていた。澄んだ反響が、冷えた空気を往復する。

最初にそれを見たのは、そんな朝だった。

ステージの袖に、立っている。

人、と呼ぶには動かなすぎる。気配、と呼ぶには輪郭がありすぎる。浅い藍の着物に、褪せた金の縁取り。落雁のように滑らかな頭の中央に、一本だけ結い上げられた髷。太い眉。深い眼差し。何かを諦めたような、しかし諦めきれない顔。

目が合った。

その瞬間、胸の奥が静かに押された。

声は聞こえない。それでも確かに、言葉が届く。

「励め」

そう命じられた気がした。

それからだった。朝練に行くのは義務ではなくなった。行かなければならない、になった。自分が起きる前から、彼はもう体育館にいる気がする。ボールを弾ませるたび、視線が背中に刺さる。

試合に負けた日、彼はステージから降りてきた。

誰もいないはずの体育館の中央で、自分の目の前に立った。逃げようとした足が動かない。あの深い目が、失望を滲ませる。

「足りぬ」

そう言われた。

耳ではなく、骨の内側で。

次の日から、自分はもっと早く来るようになった。まだ空が白みきらない時間に体育館に入り、指の皮が剥けるまでボールをついた。シュートが外れるたび、ステージの闇が濃くなる。

誰にも話さなかった。話せば消える気がした。消えたら、自分も終わる気がした。

やがて学校では、体育館が昔は天満宮の敷地だったという話が出た。百年前の写真。戦時中の記録。初代藩主の肖像画。浅い藍の着物。結い髷。

似ている。

似ているが、違う。

肖像の男は、笑っていない。

ある朝、体育館の鏡の前でシュートフォームを確認していたとき、ふと気づいた。

鏡の中の自分の後ろに、誰もいない。

いや、違う。

鏡の中には、彼が立っている。

振り返る。

誰もいない。

もう一度、鏡を見る。

そこにいるのは、自分だった。

浅い藍の着物。褪せた金の縁取り。滑らかな頭の中央に、一本の髷。

ボールが床に落ちる音が、ひどく遠くで鳴った。

その日を境に、彼はステージに現れなくなった。

代わりに、早朝の体育館でひとり練習していると、視線を感じる。背中ではない。正面からだ。体育館の入口のガラスに映る、自分の姿。その目が、わずかに細くなり、満足そうに頷く。

今でも、朝は早い。

起きる前から、誰かが立っている気がする。

鏡を見なければ、何も起きない。

だから、見ないようにしている。

けれど、明日の朝もたぶん、ボールを弾ませる。

誰かが、励め、と言う前に。

[出典:250 :本当にあった怖い名無し:2012/12/11(火) 01:19:52.53 ID:kN+tvXbg0]

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