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食べてしまったもの rcw+2,584-0201

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子供の頃のことを、今でもはっきり覚えている。

ある朝、寝ぼけたまま布団から起き上がったとき、掛け布団の上に銀色の魚が横たわっていた。
体長は四〇センチほどだった気もするし、七〇センチ近くあったような気もする。とにかく、子供の目には異様に大きく、太く、重たそうだった。鼻をつく生臭い匂い。鱗の鈍い光。
ボラだった。

まだ小学生で、一人っ子だった俺の部屋に、そんな悪戯を仕掛ける人間はいない。窓は閉まっていたし、鍵もかかっていた。家の中は妙に静かで、誰の気配もしなかった。
それなのに、布団の上には生きたボラが、はねることもなく、冷え切ったように横たわっていた。

声を出そうとしても、喉がひきつって音にならなかった。体が動かず、ただ目だけが魚をなぞっていた。

そのとき、背後で畳が鳴った。
祖父だった。

祖父は何も言わず、布団の上の魚を抱え上げた。その表情は、怒っているようでも、驚いているようでもなかった。ただ、うんざりしたように眉間に皺を寄せていた。初めて見る顔だった。
祖父はそのまま縁側から庭に降り、用意されていたかのようなバケツに魚を放り込むと、川の方へ歩いていった。

「なにこれ」

震える声でそう言ったが、祖父は振り返らなかった。
背中だけが遠ざかり、やがて水の音が聞こえた。

それきり、あの出来事について誰も何も語らなかった。
ボラという魚は、俺の中で「説明されないもの」として沈殿した。

年月が過ぎ、俺は大人になった。

ある日、新宿のビル街を歩いていた。都庁前の大通り。高層ビルの谷間を抜ける風が、妙に湿っていた。人の流れに押されるように歩いていたとき、急に視界が暗くなった。

ドン、という鈍い音。

アスファルトの上に、銀色のものが跳ねた。
ボラだった。

空から落ちてきたとしか思えなかった。生臭い匂いが一瞬で広がり、魚は必死に尾を打ちつけていた。だが、不思議なことに、誰も騒がなかった。
人々はちらりと目を向けるだけで、足を止めない。
そこに何があるのか、見ていないようだった。

やがて後続車が魚をひき、体の半分が潰れた。内臓が路面ににじみ出ても、尾は微かに動いていた。

そのとき、黒いスーツの男が足を止めた。
どこにでもいそうな中年の男だった。

男は無言でしゃがみ込み、潰れたボラを片手で掴み上げた。そのまま、ぶら下げるようにして歩き出し、人混みの中へ消えていった。
誰も彼を止めなかった。
誰も、その後ろ姿を追わなかった。

それからしばらくして、俺は自分がその場から一歩も動いていなかったことに気づいた。

さらに年月が流れ、俺はオヤジと呼ばれる年になった。

ある夜、どうしようもなく死にたい衝動に襲われ、川の欄干にもたれて水面を見下ろしていた。街の灯りが流れに歪んで映っていた。
そのとき、視界の端を銀色の影が横切った。

体の半分が崩れ、腸のようなものを引きずりながら、それでもゆっくりと泳いでいた。
俺はそれを見て、名前を呼びそうになった。

目をそらすと、胸の奥の衝動だけが、重く沈んでいった。

さらに歳月は過ぎ、俺はジジイと呼ばれる年になった。

釣り竿を持って岸壁に座るのが、日課になっていた。
ある日、仕掛けに大物がかかった。竿が大きくしなり、リールを巻く指に力が入らなくなる。

引き上げた瞬間、息が止まった。
そこにいたのは、またしてもボラだった。

視界が白くなり、次の瞬間、意識が途切れた。

気づいたとき、俺は地面に横たわっていた。
口の中に、冷たい塊が詰まっていた。歯に当たる硬い感触。ぬるりとした粘液。

――俺は、ボラを頭から噛み砕いていた。

口の端から尾びれがはみ出し、血と鱗で口元が汚れていた。吐き出すと、魚はぐったりと動かなくなった。
時間は、ほんの数分しか経っていなかったはずだ。だが、永遠のような空白を体験していた気がした。

その日から、魚が食べられなくなった。
シラスならまだ平気だ。煮干し以上の大きさになると、喉が拒否する。

最近、西新宿の公園を歩いていた。
落ち葉の匂いの中で、奇妙な男とすれ違った。

血にまみれた巨大な魚を引きずっていた。
あれも、ボラだった。

男は白い服を着ていた。ただそれだけだった。
顔を見上げた瞬間、強烈な生臭さが鼻を突いた。

振り返ると、もう姿はなかった。
残っていたのは、匂いだけだった。

もう魚はいらない。
それなのに今も、視界の端で銀色の鱗がちらつく。
耳の奥で、跳ねる音が消えない。

どこまでが記憶で、どこからが現実なのか。
もう、俺にはわからない。

[出典:433 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2017/06/12(月) 04:29:24.01 ID:aAfory4D0.net]

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