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中編 r+

霊道の子供 r+1,583

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僕は山奥の小さな村に生まれ育った。

周囲は山ばかりで、夜になれば獣の声と風の音しか響かない。街灯もほとんどなく、家々の窓から漏れる明かりが唯一の灯火だった。今にして思えば、あの土地全体が、日常と非日常の境を曖昧にしたような場所だったのかもしれない。

子供の頃のことだ。兄と姉にはそれぞれ部屋があったが、僕だけは両親と同じ布団で眠っていた。低学年まではそれで満足していたが、学年が上がるにつれ、自分の部屋が欲しいという気持ちが強くなった。兄姉に比べて自分だけ幼いようで悔しかったのだ。

二階には三つ部屋があって、兄と姉がそれぞれ一つを使い、残りの一部屋は角部屋で空いていた。そこを使わせてほしいと母に言ったとき、母は信じられないほど強い口調で「駄目」と断った。あんな母の声を聞いたのは初めてだった。

角部屋は日当たりがよく、風通しも良い。家の中では一番条件のいい部屋のはずなのに、雨戸は閉め切られ、物置代わりにされていた。ただ、荷物といっても大したものはない。庭には立派な物置小屋があるのだから、わざわざ使わない部屋を潰しておく必要もなかったはずだ。

納得できず何度も粘ったが、母は頑として首を縦に振らなかった。仕方なく父に頼むことにした。父は頑固で怖く、普段なら絶対に物を頼む相手ではなかったが、僕は意地になっていたのだ。

役場から帰ってきた父に思い切って頼むと、意外にもあっさり「いいぞ」と言った。怒鳴られる覚悟をしていたから、拍子抜けして息が止まるほどだった。その時、後ろから母が飛び出してきて、必死に反対した。

「あなた、あの部屋だけは駄目です!ユウスケがどうなってもいいんですか!」

母の顔色は青ざめ、目は見開かれていた。父は煙草を消し、母を睨みつけて言った。

「まだそんなことを言っているのか。あそこは条件のいい部屋だ。いつまでも空き部屋にしておく方がもったいない。息子の成長を邪魔するな!」

父の一喝に、母は震えながらも口を閉ざした。僕は母の様子が気になったが、それ以上に自分の部屋が持てる嬉しさで胸がいっぱいだった。

次の休日、父と兄姉に手伝ってもらい、角部屋を片付けた。窓を開けると、長い間閉め切られていた空気が一気に吹き出し、埃とともに、湿ったような匂いがした。けれど、勉強机を置いただけの殺風景な空間は、僕にとって待ち望んだ「自分の部屋」だった。

母はずっと暗い顔をしていたが、その夜、僕の部屋にこっそりやってきた。

「ユウスケ……」

母は何かを言い出そうとして躊躇していた。僕は少し苛立ち、つい強い口調で「何なんだよ」と返した。すると母はびくりと震え、「ごめんね」と謝った。

「この部屋はもうユウスケの物だから、反対はしない。でもね……これだけは覚えていて」

母は小さな布のお守りを渡してきた。

「もし何かあったら、これを握って南無阿弥陀仏と唱えるのよ」

その真剣な眼差しが、子供の僕には恐ろしく思えた。何を言っているのか分からず、答えも出せないまま母は去っていった。

最初の夜は何も起きなかった。拍子抜けして、すぐ母の言葉を忘れてしまった。

しかし、数日後、村の外れで葬式があった。母は再び僕をじっと見つめるようになった。その視線には言葉にできない不安が滲んでいたが、僕は気づかぬふりをした。

やがて、その夜が来た。

眠っていると、窓のカーテンが青白く光った。車のライトかと思ったが、光は消えず、そこに影が浮かんでいた。木の影だろうと最初は思ったが、影はゆっくりとこちらに近づいてきた。

ぞわりと全身が粟立った。

影はやがて人の形になり、窓の外に立っているのが分かった。鈴の音が聞こえ、部屋の中に青白い光が流れ込んでくる。

その光の中から現れたのは、死んだはずのおじさんだった。

「よう、ゆうぼう。久しぶりだな」

声は確かにおじさんだったが、目はうつろで、肌は死人のように白かった。僕は声も出せず固まった。おじさんは笑いながら僕に言った。

「一緒に行こう。いい所だぞ」

その瞬間、腕を掴まれた。全身を雷のような衝撃が走り、息が詰まった。必死に振り解いて机の方へ逃げたが、おじさんは笑いながら近づいてきた。

「どうした、ゆうぼう?いい所に連れて行ってやるのに」

恐怖で頭が真っ白になりながらも、僕は机の引き出しを開け、お守りを掴んだ。だが、また肩を掴まれ、意識が遠のきかけたその時――襖が開き、母が飛び込んできた。

母は同じお守りを握りしめ、震える声で叫んだ。

「その子を連れて行くことは、私が許しません!」

お経を唱える母の声とともに、青白い光が揺れた。おじさんは苦しそうに後ずさりし、やがて壁の中へ消えていった。

残された僕の腕には、はっきりと手形の青アザが残っていた。

父はそれを見て絶句し、母が言い続けてきた「霊道」の存在をようやく信じた。翌日には僧侶を呼び、庭に奇妙なお堂を建てさせた。お堂には仏像はなく、札を収める溝だけがあり、前後から通り抜けられる構造をしていた。さらに庭から裏手にかけて石が埋められ、家を避けるように線が引かれた。

「これで霊は家を迂回する」

僧侶の言葉通り、それから何も起きなくなった。

父は金をかけたのだから効果を試すと、僕の部屋で家族全員を寝かせる実験までした。結果、何も現れなかったが、僕は二度とあの部屋で眠りたくなかった。結局その部屋は再び物置となった。

後で知ったことだが、あの部屋は元々両親の寝室だった。母はそこで何度も霊に触れられ、体に手形を残されていたという。父はそれを信じず放置していたのだが、僕の件でようやく観念したらしい。

今でもあの角部屋は物置のままで、庭にはお堂が建ち続けている。村で誰かが亡くなるたびに、あの夜のことを思い出す。

母は最後にこう言った。

「霊道に出くわしたら、とにかく逃げなさい。霊は道から外に出られない。けれど、決して道に沿って逃げては駄目よ」

あの夜の青白い光と、死人の笑顔はいまだに夢に出てくる。もし母のお守りがなければ、僕は今ここにいなかっただろう。

[出典:517 :本当にあった怖い名無し:2005/10/02(日) 03:41:45 ID:2bMdqCH20]

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