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【閲覧注意】福島の保育所であった事 r+5610

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福島から避難してきたのは五月のことだった。

関東に移る決心をしたのは、地元が避難指定地域からほんの数キロ離れた場所だったからだ。数キロ先は無人となった“かつての人里”。しかし、そこからわずかに離れた私たちの地域は「ここで暮らしていい」という曖昧な許可が下りた区域だった。

目には見えない、しかし確実に存在する恐ろしい何かと戦い続ける日々を考え、ついに家族で転居を決めた。

四月末まで子どもは地元の保育所に通っていた。そして、その保育所で迎えた最後の日に起こった出来事について、ここで記しておきたいと思う。


その日もいつも通り、朝から子どもを保育所に預けに行った。先生方に「お世話になりました」と挨拶を済ませ、園児たちへのささやかな贈り物を渡す。子どものクラスでおむつの準備をしていると、そこに翔太くん(仮名)が祖父に連れられて登所してきた。

翔太くんは四歳クラスの新入園児で、四月から入ってきたばかりだ。何度か「おはよう」と声をかけたことはあった。この日も、「翔太くん、おはよう」と声をかけた。その時、彼は私の方へまっすぐ歩いてきた。両手をおにぎりのように丸め、何かを包み込んでいるように見えた。

「なんだろう?」
最初は泥団子か折り紙の作品かと思ったが、翔太くんは無表情のまま手を差し出し、指の間からその中身を見せてきた。

それは、カマドウマだった。

カマドウマ。通称“ウサギ虫”や“ぴょんぴょん虫”とも呼ばれる、鳴きもしない静かな虫だ。個人的には生命力の強さが特徴だと思う。例えば、ティッシュ箱で思い切り叩いて潰しても、気づけばどこかに消え、天井に張りついている。横にジャンプしてくる動きの予測不能さも含め、私はこの虫が大嫌いだった。

翔太くんの手の中には、そんなカマドウマの中でも特大クラスのものがいた。思わず顔が引きつったのだろう。先生が駆け寄ってきて、「どうしました?」と尋ねる。

そして、その瞬間だった。

「はがしょっ」
不思議な音がしたかと思うと、翔太くんは私の目の前でカマドウマを食べた。

「ぎゃあああああ!」
先生の悲鳴が響く。翔太くんの口からはみ出る、カマドウマの足。私は頭が真っ白になりながらも、とっさに左手を彼の口に突っ込んでいた。

冷静さを保つために視界の端に翔太くんを捉え、右手で頭を押さえつけながら、左手の指で虫の残骸をかき出す。それでも間に合わず、翔太くんは嘔吐した。私の腕には彼の吐瀉物がべったり。

「おめぇ翔太に何してんだ!」
翔太くんの祖父が私を引き離し、突き飛ばす。倒れ込んだところに先生たちが駆け寄ってきてようやく事態が収束した。

翔太くんは泣きながら叫んでいた。

「うちのばあちゃんが食べろって言ったんだ!」


その後、保育所を後にした。車に乗り込んでからも、頭の中は混乱のままだった。

先生から聞かされた震災後の子どもたちの変化の話が忘れられない。
「切り刻んだ人形を持ってくる子もいた。友達の首を絞めて『苦しい?』と聞いている子もいる。みんな、ギリギリなんだと思う」

彼らが抱えるストレス。それを解消する術を持たない小さな子どもたち。だから翔太くんは、虫を食べるという衝動に駆られたのだろうか。


それでも、どうしても気になることがあった。翔太くんの「ばあちゃん」という言葉だ。

先生にそのことを相談した。すると、彼女は首を傾げながらこう答えた。
「翔太くんの家に、おばあちゃんはいないんです」

あの日、翔太くんが何を感じ、何を思っていたのか。未だに答えは見つかっていない。

(了)

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