俺の知り合いに、お祓いを生業にしてる変わった人物がいる。
と言っても、友達ってほどでもない。最寄り駅の近くにある立ち飲み屋でたまたま出会った、クセの強いおばさんだ。あれはたしか、SMAPの「世界に一つだけの花」が流行ってた頃だったと思う。
引っ越して間もない時期で、会社帰りに飲みに行く相手もおらず、なんとなく一人で立ち寄った小さな店。それがきっかけだった。
で、そのおばさん。俺の顔を見るなり、突然「ギャーーッ!!」と叫び出した。
正直、もう慣れてる。こういう反応、昔からちょくちょくあるんだ。叫ぶだけならまだしも、「あの人怖いです!警察呼んでください!」なんて本気の通報もあった。
だから今回も「あーまたか」って感じで、無視を決め込んでいたんだけど、そのおばさん、他の人とは違って話しかけてきたんだ。
「どこ出身?」「仕事は?」「親は何してんの?」――尋問のように矢継ぎ早の質問。
まぁ変なおばさんと話すのも面白いかと、適当に答えてたんだけど、その数日後、「あたしの店、来なさいよ!」って名刺のようなカードを渡された。
正直ムカついた。命令口調だし、興味もなかったから、その場でゴミ箱行きにした。
でも数日後、また同じ立ち飲み屋で遭遇してしまい、今度は無理やり連れて行かれる羽目になった。細身の中年男と若い女性も一緒だったので、逃げるに逃げられなかった。
おばさんは「フジエ」、若い女性は「ミドリ」、男は「サダオ」という名前らしい。
「宗教の勧誘だろこれ……」と警戒しつつ、3人についていった。
道中、誰も口をきかず気まずい雰囲気。なんとなくミドリに話しかけたら、「ヒィィー」と悲鳴を上げられた。
さらにサダオからは「ごめん、君が怖いんだ」とまで言われた。さすがに傷ついた。
着いた場所は、なんと占いの館。宗教っぽさはなかったので、ちょっと安心したが――
フジエが言った。「あんた、私たちと一緒に働かない?」
は?と思いながら話を聞くと、彼らはお祓いの仕事をしていて、俺にも手伝ってほしいという。
当時は普通に会社勤めしていたから、「いや、無理です」と断ったんだけど、土日だけでも、としつこく食い下がられた。
別に幽霊も神様も信じちゃいないし、ネタになるかもと思ってOKした。
その週末、都内某所の一軒家に呼び出された。自転車で行ったら「徒歩で来い!」と怒鳴られ、しぶしぶチャリを近くに置いて向かう。
家に入ると、フジエとミドリが「いるね、ここに」とつぶやき、険しい顔に。
俺には何も見えなかった。ただの一軒家だろとしか思えなかった。
中年夫婦が出迎えてくれて、お茶とお菓子まで出された。表情は笑っていたけど、明らかに引きつってた。
「始めましょう。その部屋へ」とフジエが言い、2階へ上がった。
右の部屋のドアには「TAKESHI」の文字。
ドアの前で夫婦が「ここです」と言い、フジエたちはリュックから塩と水を取り出して手にまぶし始めた。
俺も塩を手にすべきか聞いたら、「お前は要らん。ただ言われた通りに動け」と。
中に入ると、フジエに黒い影が襲いかかった。
中学生くらいの少年――たぶんこの家の「TAKESHI」なんだろう。目をギラギラさせ、歯をむき出しにして「ガジャガジャ、ガジャー!」と叫びながらフジエの首に食らいつこうとした。
さすがにヤバいと思って助けに入ると、俺の顔を見た途端、彼は震えてベッドの隅に逃げ込んだ。
「いいから、叩け!どこでもいい!」とフジエに怒鳴られ、躊躇しながら背中を一発叩いた。
そんな強く叩いた覚えはなかったが、彼は「うぎゃー!」と叫んで泡を吹き、その場に倒れた。
フジエは「終わった、もう大丈夫」と告げた。少年はベッドで大人しく眠り、両親は感謝の言葉を繰り返していた。
ちなみに部屋の中は壁中に傷や穴があり、凄まじい状態だった。
帰り道、俺は「これ、どういうことですか?」とフジエに質問。ミドリは途中で吐いてしまった。
「アンタは相当な“モノ”を背負ってるね」とフジエは言う。
どうやらそれは「守護霊」とか「気」とか、流派によって呼び名は違うらしいが――とにかく普通じゃないらしい。
「それって良いことなんですか?」と聞くと、「いや、最悪だよ。でも普通じゃないあんたなら、それで生きていける。不思議な奴だよ」と言われた。
ちなみに、ミドリが吐いたのも俺のせいらしい。TAKESHIを叩いた時、俺に宿る“何か”が原因で祟られたとか。
その日、お店から帰るときには、なぜか10万円をもらった。中学生を一発叩いただけで10万。美味すぎる。
少し後に、俺は留学を決めた。やりたいことがあって、仕事を辞めて飛び出した。
そして三年前に帰国。職歴もキャリアもすっかりリセットされ、今は派遣で食いつなぎながら暮らしてる。
久々にフジエと再会したとき、「あんたの“モノ”、逞しくなってるわね」と笑われた。
どうやら異国の地でパワーアップして帰ってきたらしい。自分では勉強してただけなんだが。
そんなこんなで今でも週末はお祓いバイトしている。
ただ、相変わらず俺には何も見えない。やることといえば、声をかけたり叩いたりするだけ。
ミドリは今でも終わると吐いてる。すまんとしか言えない。
で、明日も一件ある。終わったら風俗でも行こうかと思ってる。
――終わり。