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庭に出たことのない子 rw+6,650-0209

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庭の奥に、その子はいた。

祖母の実家は、村では知らぬ者のない旧家だった。門をくぐると白砂の敷かれた道が延び、池と石灯籠を配した庭が奥へと続いている。幼い頃の私は、正月や法事のたびにそこを訪れ、広さと静けさに圧倒されていた。

その日も、私は一人で庭を歩いていた。
風は弱く、木の葉が擦れる音だけがあった。

庭の隅、普段は足を向けない苔むした一角に、白い着物の少年が立っていた。背は私より少し高いくらいで、年は十かそこらに見えた。顔立ちは整っているが、笑ってはいない。こちらを見ているようで、実際には何も見ていないような目だった。

呼びかける前に、私は足を止めた。
なぜか声を出してはいけない気がした。

少年は両手を軽く握り、足元の石畳に視線を落としていた。その姿があまりに庭と馴染んでいて、最初からそこに存在していたように思えた。

「あの人は誰?」

戻ってきた祖母にそう尋ねると、祖母は一瞬だけ庭を見て、何もいなかったかのように目を逸らした。

「気のせいだよ。中に入りなさい」

それ以上は何も言わなかった。
その時は、それで終わった。

それから長い時間が過ぎた。
私が大人になり、祖母も亡くなった後、ふと思い出したように母にその話をした。

母は少し黙り、それから静かに言った。

「あの家ではね、昔、一代おきに“外に出せない子”が生まれたんだよ」

詳しい説明はなかった。
座敷牢があったこと。
家の奥に、人に見せない部屋があったこと。
その子は長く生きなかったこと。

それだけだった。

私は、庭で見た少年の姿を思い出した。
母に聞こうとしたが、母はそれ以上話さなかった。

その夜、実家で眠れなかった。
目を閉じると、庭の苔の色、石畳の冷たさ、白い着物の袖が浮かんできた。

ひとつだけ、記憶に引っかかっていることがある。

少年は、庭の奥からこちらを見ていたのではない。
あの位置は、屋敷の中からでなければ見えない場所だった。

まるで、外に出たことのない者が、初めて庭に立たされたような立ち方だった。

翌朝、母にもう一度尋ねた。

「あの子は、庭に出ることがあったの?」

母は首を振った。

「庭に出たなんて話、聞いたことがない」

その言い方が、妙に引っかかった。

私が見たのは、誰だったのか。
それとも、いつだったのか。

今も、あの庭は残っている。
だが、もう入ることはできない。

理由は聞いていない。
ただ、「あそこはもう、誰も入らない」と言われただけだ。

あの少年が、庭に出た唯一の日だったのか。
それとも、私が見たことで、何かが外に出てしまったのか。

確かめる術はない。

ただ、あの庭の位置を思い出すたび、
自分が見てはいけない場所から、見られていた気がしてならない。

(了)

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