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御神体の戻る日 rcw+6,650-0104

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八月三日の朝、ばあちゃんはいつもより早く起きていた。

台所で物音がするので様子を見に行くと、膝が悪いはずなのに、もう外出の支度を終えていた。

「今日は一二様の日だすけ、遅れるわけにいかん」

その言い方だけで、普段の通院や法事とは違う日なのだと分かった。地元では八月と十二月にだけ行われる行事で、足の悪いばあちゃんが必ず参加する数少ない用事だった。

「仕事はどうした」

「今日は休みだ」

そう答えると、ばあちゃんは少し安心したようにうなずいた。

車で公民館近くの祠へ向かう道は、昔とほとんど変わっていない。舗装はされているが、道幅は狭く、脇には田んぼと用水路が続く。俺は運転しながら、前から気になっていたことを聞いた。

「なあ、一二様って何なんだ」

ばあちゃんは少し黙ってから、方言混じりで言った。

「この辺を守っとる神様だすけ。昔から、年に二度だけ顔を見に行くが」

「顔って、神様の顔?」

「顔っちゅうか……まあ、そういうもんだ」

はっきりしない答えだった。俺がさらに聞こうとすると、ばあちゃんは不機嫌そうに言った。

「あったかさ。一二様にお参りせんと、村が落ち着かん」

それ以上は何も言わなかった。

公民館の駐車場に着くと、すでに何台か車が止まっていた。ばあちゃんは車を降りると、「終わったら電話するすけ」とだけ言い、祠の方へ歩いていった。小さな林の奥にある祠は、外からはほとんど見えない。

俺は車に戻り、エンジンを切った。八月の暑さは容赦なく、少し待つだけで汗がにじんできた。二時間も経った頃、ばあちゃんから電話が来た。

「迎えに来てほしい」

声がいつもより低く、張りがなかった。

駐車場に戻ると、ばあちゃんは数人の年寄りと固まって話していた。誰も大声では話さず、視線だけがせわしなく動いている。俺が近づくと、会話が途切れた。

「迎えに来たぞ」

そう声をかけると、ばあちゃんは小さくうなずき、他の連中に軽く頭を下げて車に向かった。後ろ姿が、どこか縮こまって見えた。

帰りの車中、しばらく沈黙が続いた。耐えきれず、俺は聞いた。

「何かあったのか」

ばあちゃんは窓の外を見たまま、答えなかった。信号で止まったとき、もう一度聞くと、ようやく口を開いた。

「御神体が、なかった」

拍子抜けした。祭りの日に何か大事件でも起きたのかと思っていたが、ただの盗難のように聞こえた。

「それだけ?」

そう言った瞬間、ばあちゃんがこちらを見た。その目が、妙に鋭かった。

「前にもあったんど」

「前?」

「四十年ばかし前だすけ」

ばあちゃんはゆっくり話し始めた。その年の十二月、一二様の日のあと、集落の小野寺という家の男がいなくなった。祠の近くで最後に目撃されたきり、帰ってこなかった。警察も探したが見つからなかった。ただ、その翌年の八月には、何事もなかったように御神体が祠に戻っていたという。

「じゃあ、また誰か消えるのか」

思わずそう聞いた。ばあちゃんは答えなかった。

家に着くと、ばあちゃんはいつもより早く布団に入った。夕飯もほとんど食べず、「疲れただけだすけ」と言って目を閉じた。

その夜、寝つけずにいると、ばあちゃんの部屋から物音がした。戸棚を開けるような音だった。様子を見に行こうとしたが、なぜか体が動かなかった。音はすぐに止み、しばらくすると静かになった。

翌朝、ばあちゃんは何事もなかったように起きてきた。ただ、玄関に置いてあったはずの古い風呂敷が見当たらなかった。

「風呂敷知らんか」

そう聞くと、ばあちゃんは一瞬だけ視線を伏せた。

「古いもんだすけ、処分した」

それきり、その話はしなかった。

八月が終わり、秋が来ても、集落では誰も一二様のことを口にしなかった。祠の前を通っても、誰も足を止めない。俺も仕事が忙しく、考えないようにしていた。

十二月に入ったある晩、ばあちゃんが言った。

「次の一二様の日、あんたも一緒に来なさい」

「俺も?」

「迎えだけじゃ足りん」

理由はそれだけだった。

当日、雪は降っていなかった。祠へ続く道は静まり返っていた。駐車場には、ばあちゃんのほかに誰もいなかった。

祠の前に立つと、扉が少し開いているのに気づいた。中は暗く、何があるのか分からない。

「入るが」

ばあちゃんがそう言って、一歩踏み出した。

そのとき、俺は気づいた。祠の中にあるはずの御神体が、どんな形をしているのか、俺は知らない。誰からも聞いたことがない。けれど、なぜか確信してしまった。

中に入ったとき、そこにあるものは、もう神様じゃない。

ばあちゃんは振り返らず、暗闇に進んでいった。俺はその背中を見ながら、四十年前に消えた男のことを思い出していた。誰も、何を見たのかを語らなかった理由が、ようやく分かった気がした。

祠の中で、扉が閉まる音がした。

その年の八月、公民館で一二様の行事が行われたという話は、もう誰もしなかった。俺のばあちゃんも、いつの間にか名前を出されなくなっていた。

ただ、祠の中には、御神体が戻っているらしい。

誰も、それが何なのかを確かめようとはしない。

[出典:258:田舎の名無し2013/10/03(木)21:58:33.62ID:YqfvpVvW0]

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