今日は、家のことを書きます。
学校のことより、たぶんこっちのほうが本当は怖いです。
うちのおばあちゃんは、昔からある団体の信者です。
宗教って言うとすごく怒ります。
「これは愛の集まりなの」「救われる人が集まっているだけ」って、いつも同じ言い方をします。
リビングの隅に、大きな壺があります。
茶色で、つやつやしていて、床の間みたいに一段高い台の上に置いてあります。
誰も近づかない場所です。
「家を守る壺」だそうです。
値段は聞いたことがありません。
でも、前にお父さんが小さい声で「そんな高いもの……」と言って、おばあちゃんににらまれていました。
それ以上、誰もその話をしません。
壺の横には、金色の縁取りのある印鑑ケースがあります。
中に入っている印鑑は、見たことのない形をしています。
丸でも四角でもなくて、少しゆがんでいて、持つところが妙に長いです。
「これで運命が変わるのよ」と、おばあちゃんは言います。
笑っているのに、目は笑っていません。
私は、できるだけ触らないようにしています。
この前の日曜日、おばあちゃんの集まりに連れて行かれました。
駅前のビルの一室でした。
白い壁で、匂いもなくて、病院みたいにきれいすぎる部屋でした。
正面に、大きな額がかかっていました。
年配の男の人の写真です。
やさしそうな顔で、でも目だけが強くて、まっすぐこっちを見ている感じがしました。
名前は覚えていません。
でもおばあちゃんが、「先生は海の向こうから来られた尊い方なの」と言っていました。
海の向こうってたぶん韓国だと思います。
その国の言葉が混ざった歌も歌いました。
意味は分かりません。
何度も「血が清くなる」「家系が救われる」と言っていました。
そのとき、背中がぞわっとしました。
家系って、私もその中に入っていると思ったからです。
集まりのあと、おばあちゃんが私の手を強く握りました。
細いのに、すごく力がありました。
「あなたは選ばれているの」と言われました。
何にですかと聞いたら、「まだ言えない」とだけ言われました。
家に帰ってから、壺のふたを開けるのを初めて見ました。
中は暗くてよく見えませんでした。
でも、少しだけ鉄みたいな匂いがしました。
前に書いた、あの匂いと同じでした。
偶然だと思いたいです。
でもその壺、夜になるとカン、と小さい音がします。
金属が当たるみたいな、乾いた音です。
家族は誰も気にしていません。
テレビの音のせいだとか、気のせいだとか言います。
でも音がするとき、おばあちゃんは少しうれしそうにします。
「守られている証拠よ」と言います。
この前、印鑑を私の手のひらに押されました。
インクはついていなかったのに、うっすら丸い跡が残りました。
丸の中に、小さい点がいくつもあって、
目みたいに見えました。
お風呂でこすっても、完全には消えませんでした。
次の日も、うっすら残っていました。
おばあちゃんは「もう大丈夫」と言いました。
何がですかと聞いたら、
「これで、増えても怖くないわ」と言いました。
増えるって何のことか、聞けませんでした。
聞いたら本当に増えそうな気がしました。
夜中、リビングから小さい声が聞こえることがあります。
おばあちゃんが壺に向かって話しているみたいです。
返事は聞こえません。
でも、間があります。
誰かの話を聞いてうなずいているみたいな、間です。
最近、家の中の人数を数えることがあります。
なんとなくです。
たまに、一人多い気がします。
でも、家族は五人です。
ちゃんと分かっています。
だから数え直すのをやめました。
数えると、増える気がするからです。
[出典:133 :月うさぎ ◆x7J8mY2Q:2004/05/05(水) 20:58:11 ID:Yp6kHvZe]
[投稿者:志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]