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祓えなかったもの rw+4,589

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一昨日、学生時代の友人たちと集まって飲んだ席で、Aがぽつりと話し始めた。

Aは、昔、霊能者の弟子をしていた。今はもう完全に足を洗っているが、その頃の話は、酒が入るとたまに出てくる。

「十年くらい前かな。師匠の知り合いの娘を、一度だけ視に行ったことがある」

その女性は五十代で、夫を亡くしてから一人暮らしになったという。
表向きは普通だった。身なりも整っていて、会話も噛み合う。買い物も自炊もして、近所付き合いも最低限はある。

ただ、Aは玄関に入った瞬間、妙な違和感を覚えた。

「部屋に、人の気配がなかった」

無人という意味ではない。生活の痕跡は揃っている。
だが、人間特有の熱や重さが、まるで感じられなかったという。

霊的に見ると、低級霊がいくつか付いてはいた。だが弱く、害もない。
祓おうと思えば祓えるレベルだった。

それでも、師匠は何もしなかった。

世間話をして、愚痴を聞き、雑談をして、最後に少しだけ気を流した。
それだけだった。

帰り際、Aも気を入れるのを手伝ったが、その感覚が忘れられないと言う。

「乾ききった布に、水を垂らしてる感じだった。
染み込まない。垂らした分だけ、どこかに消えていく」

その女性は礼を言い、普通に笑って見送ってくれた。
不幸そうにも見えなかった。

帰りの電車で、Aは師匠に聞いた。

「あれ、祓かなくてよかったんですか」

師匠は即答しなかった。
しばらく窓の外を見てから、こう言ったという。

「祓うと、余計なのが来る。
あれは、もう空き箱みたいなもんだ」

Aはその言葉が理解できず、聞き返した。

「空き箱って……生きてますよね」

「生きてるよ。ただ、中身がほとんど残ってないだけだ」

Aはその家にあった仏壇のことを思い出した。
見た瞬間、直視したくなくなった場所だ。
何があるわけでもないのに、妙に目が滑る。

「あそこ、変でしたよね」

師匠は小さく頷いた。

「次に行くことがあっても、深入りするな。
ああいう人間は、下手に触るとこっちが持っていかれる」

それきり、その女性の話は聞いていない。
今もどこかで、普通に暮らしているはずだ。

Aはグラスを置いて、低い声で言った。

「霊が憑いてるほうが、まだ安心できるんだよ。
少なくとも、そこには“何か”があるからな」

誰も返事をしなかった。
酔いの席なのに、妙に静かになった。

(了)

[出典:344 :& ◆mF7M0Y/xZI:2005/08/29(月) 18:09:23 ID:3c0O07ds]

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